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論文

 最近、「STEM教育」という言葉が日本とアメリカで話題になっています。
 「STEM」は科学(サイエンス)、技術(テクノロジー)、工学(エンジニアリング)、数学(マセマティクス)の頭文字を集めた言葉で、科学技術教育ということになります。
 日本で話題になっているのは、東京医科大学の入学試験の不正問題です。
 8月7日に大学の調査委員会が調査結果を発表しましたが、元々調査のきっかけとなった文部科学省の前局長の子供など一部の受験生を有利にするために一次試験で不正に点数を加算していたことと、二次試験で女性と四浪以上の受験生が不利になるように複雑な操作を行っていたことです。
 これによって理系教育と女性の関係が話題になりました。
 アメリカではトランプ政権が昨年発表した科学技術予算が大幅に削減され、危機感を持った科学者の団体「ヴォートSTEM(科学教育に投票を)」が科学者を議会に送り込もうという運動を始めたことです。

 1980年代から90年代にかけて、アメリカの鉄鋼産業、自動車産業、半導体産業などが次々と日本に逆転され、危機感を持ったアメリカ国立科学財団(NSF)が同じ頭文字で「SMET」という活動を始めました。
 しかし、発音が「汚点とか猥褻(smut)」と間違えられるということで、文字を組替えて「STEM」にしたものです。
 アメリカでは国立科学財団が「STEM教育雑誌」まで発行して、科学技術教育が重要だと訴えていたのですが、オバマ大統領が2009年に就任した時に「科学を本来あるべき地位に戻す」という演説をし、初等中等教育のSTEM教育を充実させ、2020年までに初等中等教育でのSTEM分野の教師を10万人育成、大学卒業生を100万人増加させるという数値目標を掲げ、毎年3000億円規模の予算を投入してきました。
 余談ですが、トランプ大統領が科学技術予算を大幅に減額したのは「オバマ憎けりゃ袈裟まで憎し」で、このオバマの政策を否定したかったのではないかと思います。

 世界では人工知能やビッグデータなどの登場によって、第四次産業革命とかAI革命が急速に進んでおり、2030年には「現在、世の中にある仕事の半分が消滅する」とか「現在の子供が大学を卒業する頃には65%の若者は現在世の中にない仕事に就業する」と言われる時代ですから、大人も大変ですが、子供はさらに大変です。
 したがって、社会はそれに対応できる教育を用意する必要があり、それがSTEM教育です。
 日本では2016年に経済産業省がSTEM人材の必要を訴える「新産業構造ビジョン」を発表し、文部科学省も2020年度からの学習指導要領に「小学校段階におけるプログラミング教育のあり方について」を含める検討を始め、義務化される方向にありますが、アメリカに比べると大幅に出遅れています。
 日本の現状を、2015年にOECDが加盟35カ国を対象に行なった初等中等教育の国際学力調査の結果で見ると、科学分野では1位、低学力生徒の比率はエストニアに次いで2番目に低い国です。

 しかし、問題は男女の点数の差がオーストリア、イタリア、チリに次いで男子の方が4番目に点数の高い国になっていることです。
 一方、女子の方の点数が高い国はフィンランド、ラトビア、ギリシャ、スロベニア、スウェーデンなどがあります。
 同様に数学について調べてみても、日本は1位で、低学力生徒の比率は世界最小ですが、男女の差で日本は女子の方の点数が低く、女子の方の得点が高いのはフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、ギリシャなどです。
 その成果は女性の研究者比率に現れており、ラトビアは53%、スウェーデンは37%、ギリシャは37%、スロベニアは36%、フィンランドは32%となっていますが、日本は残念ながら14%と世界最下位で、この辺りが東京医科大学の入学試験の女性差別に反映しているのかもしれません。
この大学についても日本には別の課題があります。

 大学の学科別の学生数を2015年について調べて見ると、STEMに該当する工学部と理学部の学生の比率は18%でしかなく、農学部を加えても21%で、残りの80%は文系の学生です。
 しかも過去40年間の傾向を調べると、理系は5%近く減少しているのです。
 この原因の一つは私立大学の比率が高いことです。
 これも2015年の調査ですが、学部の学生の比率は国公立が22%、私立が78%ですが、STEM分野の教育や研究には大型で高額の実験装置などが必要のため、私立大学では維持するのが困難で、8割近い学生を教育している私立大学が文系を中心の教育をしており、国公立では理系の学生が57%ですが、私立大学では35%でしかありません。
 その結果、日本の男子の理系の学生の比率は39%で世界最低、女子も7%で世界最低です。
 これも先ほどの女性研究者比率が世界最下位に反映していると思います。

 日本は明治初期から先進諸国を模範にして工学教育を発展させ、1980年代に、いくつかの工業分野で世界1位にまで到達しましたが、その時期から世界は情報社会への大転換を始めていました。
 7月12日に日本の科学水準が2005年から2015年の10年間で、STEMに関係する全分野で低下したことをご紹介しましたが、それにもかかわらず現在の日本ではSTEMという言葉もあまり話題にならず、政府の政策もようやく2年後から小学校でプログラミングを始めるという程度です。
 もう一度、明治150年を機に教育の大変革をしないと、人口が減少していく日本が量だけではなく質でも地位低下するのではないかと心配します。





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