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論文

 今日は米中文化戦争を紹介したいと思います。
 アメリカと中国が相互に輸入製品に高率の追加課税をするという貿易摩擦は、最近では貿易戦争と呼んでもいいほど過激になってきました。
 その最中に、文化戦争と名付けてもいいような紛争が発生しはじめています。
 中国政府は世界各国に「孔子学院」という一種の文化センターを設置してきましたが、アメリカに設置されていた孔子学院のうち、イリノイ大学、西フロリダ大学、北フロリダ大学、テキサス農工大学などにある孔子学院の閉鎖が決まり、それ以外にも、いくつかの大学にある孔子学院について州議会などから閉鎖するようにという要求が出ているのです。

 まず孔子学院とは何かについて説明します。
 孔子の名前が付いているので儒教を教育する学校のように思えますが、これは中国政府が海外で中国語と歴史、武道、演劇など中国文化を普及するための教育機関です。
 2004年に制度が作られ、一般には中国の大学とそれぞれの国の大学が提携する形で設立され、設立資金と運営費用は中国が負担しています。
 昨年末で世界138カ国に525ケ所の「孔子学院」と、やや規模の小さい「孔子学級(教室)」が79カ国に1113カ所存在しています。
 当初の目標は2020年までに世界の1000カ所に孔子学院と孔子学級を設置することでしたから、孔子学級については目標を達成したことになります。
 日本には、2005年に開設された「立命館孔子学院」から始まり、2016年に開設された「武蔵野大学孔子学院」まで17カ所の孔子学院と8カ所の孔子学級が存在しています。

 なぜ最近になり、アメリカで閉鎖が始まったのかについては、資金が中国共産党から出されており、孔子学院では政治、歴史、経済の議論は禁止され、台湾やチベットの話題が出た時は講師が中国の領土と答えるように、また天安門広場が話題になった時は1989年の天安門事件には触れないで、建物の写真を見せて美しい建物だと説明するようになどの指示が出されており、中国政府の宣伝機関になっているという意見が強くなってきたからです。
 あるアメリカの学者は孔子学院は「アメリカの高等教育を破壊するトロイの木馬だ」とさえ言っています。
 さらに今年3月には、アメリカ下院議会に「外国影響力透明化法案」が提出され、孔子学院は適用対象になっています。

 しかし、このような文化戦略は孔子学院が最初というわけではなく、近代以降で最も古いのは1883年にフランス政府が創設した「アリアンス・フランセーズ」で、設立には狂犬病のワクチンを発明した細菌学者ルイ・パスツール、スエズ運河を実現させた外交官フェルディナンド・レセップス、「海底2万マイル」などSF小説で有名なジュール・ヴェルヌなど文化人も参加し、現在では世界138カ国に1000校以上が設置され、フランス語とフランス文化の普及を進めています。
 イタリアもイタリア語とイタリア文化の普及のために、1889年に「ダンテ・アリギエーリ協会」を設立し、世界の150カ国に拠点を設置しています。
 イギリス政府も1934年に、英語の普及と各国との文化交流を目的とする「ブリティッシュ・カウンシル」を世界の100カ国以上に設立しています。
 ドイツもワイマール共和政府の時代の1925年に「ドイッチュ・アカデミー」を設立し、それを基礎として戦後の1951年から「ゲーテ・インスティトゥート」に変更し、世界92カ国、158カ所に施設を設けています。
 これらの国々に比べれば、日本の文化戦略は大幅に出遅れ、かつ小規模で、1972年に「特殊法人日本交流基金(現在は国際交流基金)」が設立されて、海外における日本語教育と文化交流を目的とし、現在24カ国に25の拠点を設けているという状態です。

 これらの機関の目的は何かということを明確にした出来事があります。
 スペインのアストゥリアス皇太子が1980年に創設された「アストゥリアス皇太子賞」がありますが、2005年には上記のヨーロッパの組織に賞が授与されています。
 その理由は「一部の組織は100年以上の歴史を持ち、各大陸の何百万人もの人々に、自国の言語を教えるだけではなく、文学と西洋文明の基礎となる人間的価値観と倫理観を広く知らしめ、ヨーロッパの文化遺産の保護と育成に貢献している」となっています。
 この表彰理由を「文学と中華文明の基礎となる人間的価値観と倫理観を広く知らしめ、中国の文化遺産の保護と育成に貢献している」と書き換えれば、孔子学院に閉鎖の圧力がかけられるのは不思議ということになります。
 その背景はフロリダ州選出のルビオ上院議員が「孔子学院は中国共産党から資金を得ている機関で、懸念には十分に根拠がある」と述べていることや、今年2月にアメリカ連邦捜査局(FBI)の長官が連邦の上院議会で「孔子学院がアメリカ国内で諜報活動や情報宣伝活動など違法行為を行っている疑いがあり、捜査対象になっている」と証言していることからも推察できますが、文化活動を隠れ蓑とした諜報活動などをしていることが影響していると思います。

 7月12日の放送でもご紹介しましたが、貿易戦争の本音は急速にアメリカを追い上げてきた中国の技術や産業に対する技術戦争だという根拠を紹介しましたが、今回の孔子学院の問題は文化戦争で力を発揮してきた中国への脅威があるのだと思います。
 その証拠を示したいと思います。
 欧米のどの文化機関も自国の言語を普及させることを第一の目的としているように、言語は文化の基礎となっています。
 2015年の調査で、各言語を母国語としている人口と第二言語としている人口の合計では1位が中国語(10.5億人)、2位が英語(8.4億人)、残念ながら日本語は15位で1.3億人です。
 圧倒的に中国語が優勢で、アメリカでも中国語を勉強する学生が急速に増えているほどです。
 またインターネットで使用されている言語でも、2017年の調査で1位は英語(10,5億人)ですが、僅差で中国語(8億人)が迫っています。
 貿易戦争は経済覇権争いの仮面を被った技術覇権戦争であり、さらには文化覇権戦争が発生して来たと理解すると孔子学院問題から滲み出てくる世界の情勢が分かると思います。





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