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論文

 今日は落し物が戻ってきたという私の体験をご紹介したいと思います。
 2013年9月にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで第125回国際オリンピック委員会総会が開かれました。
 この総会の最大の議題は2020年の夏期オリンピック大会の開催都市を決めることでした。
 立候補していたのは、東京、イスタンブール、マドリードの3都市で、1回目の投票では東京は1位でしたが、過半数にならなかったので、決選投票になりました。
 しかし、イスタンブールとマドリードが同数であったので、どちらを2位にするかの投票が行われ、僅差でイスタンブールが勝ち、2回目の投票が行われ、60票と36票で東京に決まったという経緯でした。

 この投票の前に各都市が招致のための演説をしたのですが、東京は猪瀬東京都知事、竹田恒和招致委員会理事長などとともに、滝川クリステルさんが演説をし、最後が安倍首相でした。
 もっとも話題になったのは滝川さんの演説で、「お・も・て・な・し」が印象的でしたが、その中で、皆様が東京で何かを失くしたならば、現金でもほぼ確実に戻ってきます。実際に昨年、現金30億円以上が東京の警察署に届けられています、と説明しました。
 この話が票を稼いだかどうかは分かりませんが、この話の時に会場が大きくどよめいたそうですから、多くの外国では信じられないという内容だったのだと思います。
 実際その通りかを、警視庁が発表している2017年の東京都の数字と比較してみます。
 現金を拾って警察に届けられた金額は37億5000万円で、落としたという届けがあったのは83億4000万円になっていますから45%しか届けられていないことになります。
 しかし拾って届けられた37億5000万円のうち73%は落とした人の手に渡っていますから、滝川さんの説明は大袈裟ですが、日本の特徴は示していると思います。

 最近、それを実感した経験をしましたので、ご紹介したいと思います。
 1週間ほど前、公共施設の中で「スイカ」で支払った時に「スイカ」を失くしたようですが、戻ってくることはないと思ってあきらめていました。
 数日後に同じ施設に行く機会があったので、念のために警備室に問い合わせたところ、似たような特徴のある「スイカ」が届けられていたが、すでに付近の警察署に転送してしまったということでした。
 「スイカ」に貯めてあったお金はともかく、本当に届けられているかに興味があったので、わざわざ警察署に行ったところ、大変に丁重な対応で、書類を2枚書くだけで無事戻ってきました。

 このような経験はインターネット上に報告されている例が多く、例えば、サッカーのイングランド代表にもなったことがあり、現在、北海道コンサドーレ札幌に所属しているジェイ・ボスロイド選手は自動車の屋根の上に財布を置いたまま出発し、財布を道路に落としたのですが、しばらくして気づきました。
 しかし、20分後には交番に届けられ手元に戻ってきたそうです。
 財布の中のカードなどは折れていたので、自動車に轢かれたのだと思いますが、20分で戻ってくるということに驚いたそうです。
 それ以外にも、京都に観光に来た台湾の親子が京都市営バスの中にパスポートを入れたバッグを忘れパニック状態になったのですが、警察官が市営バスに問い合わせたところ見つかって歓喜したという話もあります。

 外国の数字が見つからないので正確には比較できませんが、日本で落し物が見つかった外国の人の驚きようや喜びようから推測すると、日本は例外的な国だと思います。
 その例外を作り出している背景の一つが日本全国に6000以上ある「交番」の存在です。
 子供の時からお金や物を拾ったら交番に届けるようにと教えられますが、それが身近な場所にあるため、簡単に届けられるわけです。
 この交番制度は世界から注目され、ブラジル、シンガポール、アメリカなどにもローマ字の「KOBAN」として輸出されています。
 もう一つが日本の遺失物法で「届け出た落し物の持ち主が3ヶ月間現れない場合は、その落し物は届けた人のものになる」また「落とした人は、落し物が見つかった場合は、その金額の5%から20%の範囲で届けた人に報労金を支払わなければならない」という制度があることです。
 100万円を拾って届ければ、落とし主によりますが、5万円から20万円の返礼が期待できますから、後ろめたい思いをして懐に入れるよりは、届けて報労金を貰おうという気持ちになると思います。
 実際、東京都内では届けられた現金の14%に相当する5億1000万円が届けた人に渡されています。   

 その背景にあるのが日本人の道徳観だと思います。
 明治時代に東京大学の教授になり、大森貝塚を発見したことで有名なエドワード・モースが広島の旅館に泊まった時、しばらく周辺を旅行してから、また同じ旅館に泊まるつもりで、時計と現金を旅館に預けようとしたところ、女中がお盆の上に載せて部屋の片隅に置いただけだったそうです。
 不安に思ったモースが旅館の主人に金庫に保管しないのかと尋ねたところ、ここには金庫はないし、部屋に置いておけば問題ないという返事だったそうです。
 実際、一週間後に旅館に戻ってきたところ、時計と現金は誰も手を触れずお盆に載ったままだったということを書いています。
 この精神は現代にも引き継がれ、外国の旅行者が自動車で地方を旅行すると、無人の小屋に野菜や果物が置いてあり、箱にお金を入れて持っていくという光景に驚くそうですが、これが日本の伝統精神だと思います。
 最近は振り込め詐欺の被害が年間400億円になろうとしていますが、ぜひ日本の伝統精神を思い出して欲しいと思います。





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