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論文

 最近、ある本を買ったのですが、理由は新聞広告に18万部突破と書かれていたからです。
 私はこれまで50冊の本を書きましたが、最も売れたのは12万部で、売れなかったのは800部を印刷しただけなのに、未だに在庫があるという状態です。
 12万部売れた本は田原総一朗さんとの共著ですから、私の名前ではなく田原さんの名前で売れたので自慢になりませんが、800部でも売れ残っているのは過去150年の世界の情報関係の論文を集めた700ページを超える学術書で、しかも定価1万円ですから、最初から売れることを期待していない納得の結果です。
 そこで、どのような本であれば18万部も売れるのか興味があり、買ってみました。
 塚本亮(りょう)という心理学を専門とする方の『すぐやる人とやれない人の習慣』という題名の本です。
 奥付を見ると、昨年1月に初版が発行されて、今年8月に158刷りが発行されていますので、平均すると4日ごとに1000部ずつ増刷されてきたことになります。

 この本を買ってみようと思った理由は、この本を参考に「すぐやる人」になりたいということではなく、最近、大いに反省することがあった影響です。
 そろそろ終活の年頃になりましたので不要な本の処分を開始し、売れそうな本は友人の古書店に引き取ってもらい、百科事典や歴史全集など古書店が引き取ってくれない本は新潟の山奥の廃校に送っているのですが、すでにダンボール箱で両方合わせると100箱以上処分しているにもかかわらず、減ったという感じがしないほど残っています。
 ダンボール箱に詰めながら表紙を眺めて愕然としたのは、いつか必要になるだろうとか、いつか読むだろうと思い買ったはずですが、結局、買った時に目次を眺めた程度で、それ以後、そのような本が家にあったことさえ忘れていたような本が次々と出てきたことです。
 つまり塚本さんの本の題名にある「すぐやれない人」、普通の言葉では優柔不断の人だったことを痛感したので、即断即決に変身できるヒントでも見つかるかという気持ちで買って見たという次第です。

 このような本に共通する特徴で、50の教訓が書かれており、有名人の言葉で教訓が補強されている構成になっています。
 数例を紹介しますと、「すぐやる人は目の前のことに集中し/やれない人は結果ばかりを気にする」という教訓があり、アップル・コンピュータを創業したスティーブ・ジョブズの「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分がやりたいことだろうか?」という言葉が引用してあるので、なるほどと思いそうです。
 「すぐやる人は質問で前向きになり/やれない人は質問でやる気を失う」という教訓には、相対性理論を発見したアインシュタインの「自分が死にそうになって助かる方法を考えるのに1時間あるとしたら、55分は適当な質問を探すのに費やすだろう」という言葉が引用してあり、これもなるほどと思いそうです。
 「すぐやる人は朝を大切にし/やれない人は夜が遅い」という教訓には、スターバックスのCEOハワード・シュルツは朝4時半に起床、アップルのCEOティム・クックも4時半、ナイキのCEOマーク・パーカーは5時起床という実例が紹介されています。
 このような教訓を集めた本は無数にあり、自分が納得する本を探して参考にすることはいいと思いますし、塚本さんの本が1年半で18万部も売れているのは納得する人が多いという証拠だと思います。

 ところが最近、すぐやる人とやらない人の差は習慣や意志ではなく、脳の構造に依存しているという脳科学の新しい研究が発表されました。
 ドイツのルール大学の研究者が「サイコロジカル・サイエンス(心理科学)」という雑誌の8月号に、264人の被験者に「すぐやる人」か「やれない人」かを測定するテストを受けてもらい、同時にMRI装置で脳の内部の構造を調べた結果を発表しています。
 脳は脊椎の上部に接続しているのですが、その付け根の奥深いところの両側に、アーモンドの形をした扁桃体という器官があります。
 この扁桃体は行動がもたらす結果を推定するとともに、悪い結果になりそうだと、それを警告する役割もするとされています。
 その結果、扁桃体が大きいと悪い結果になることを心配する傾向になり、実行をためらい後回しにする傾向があるというわけです。
 つまり扁桃体が大きいほど「やれない人」になる傾向があるということです。

 この扁桃体は前帯状皮質背側部という器官に接続しており、この接続が弱いと悲観的な感情を制御できず、「やれない人」の傾向が強くなる傾向になるということも推定されています。
 生まれつき扁桃体が大きい人は「やれない人」になる可能性が高いということですが、脳には状況に対応する能力があるので、自分は扁桃体が大きいから「すぐやる人」にはなれないと諦めたり言い訳にしたりする必要はなく、克服する方法も色々提案されています。

 これは人間の器官の話ですが、社会の組織についても同様です。
 ドラッグストアの「マツモトキヨシ」を創業された松本清さんが1969年に千葉県の松戸市長になられ、その年の10月に「すぐやる課」を設置されました。
 当時は役所仕事という言葉が流行していたように、役所は迅速に処理しないというのが常識でした。
 そこで課の目標を「すぐやらなければならないもので、すぐやり得るものは、すぐやります」として発足しました。
 大変な話題になり、現在まで続いていますが、今年の4月までほぼ50年間に15万5000件の仕事をし、最も多いのが「スズメバチの巣の除去」で3万1000件、2番が道路の残土の処理で2万1000件、3番が道路の補修で2万件と活躍しています。
 変わりそうにない役所組織も変わる時代ですから、人間の脳の組織も十分に変わりうるということも脳科学が言っていますので、ぜひ「すぐやる人」を目指していただければと思います。





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