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論文

 今年もノーベル賞は経済学賞を除いて受賞者が決定しましたが、科学競争の裏側にある悲劇や喜劇を紹介したいと思います。
 「石川や/浜の真砂は尽きるとも/世に盗人の種は尽きまじ」は、安土桃山時代の盗賊の親分の石川五右衛門の辞世の歌とされていますが、最近は研究分野で「世に捏造の種は尽きまじ」という状態が発生しています。
 その一端を、アメリカの科学雑誌『サイエンス』8月17日号が「嘘の大波(タイド・オブ・ライズ)」という題名の記事で明らかにしています。
 これは日本の科学論文の捏造の実態を暴露した評論ですが、2016年に亡くなった一時は弘前大学に勤務していた日本の医師で、生涯に200本以上の論文を発表した一見、素晴らしい業績の学者が、1998年から2012年に骨折とビタミンDやビタミンKの関係の臨床試験の結果を発表した33本の論文のうち21本を投稿した後で撤回していることを紹介しています。
 論文が発表された時には、イギリスのケンブリッジ大学の医師が非常に重要な成果だと評価するほどでしたが、次第に化けの皮が剥がれ、現在では科学の歴史の中でも最大の研究不正の一つだと糾弾されています。

 この評論の後半では、アメリカにある「科学の整合性センター」という組織が発表した「リトラクション・ウオッチ(撤回監視)」という、世界で発表された研究論文で、間違いや不正があったため撤回された論文の調査結果が紹介されていますが、この研究者は撤回した論文の数の多さの6位に登場しています。
 さらに上があるのかと驚かれるかと思いますが、何と1位は東邦大学の麻酔医師で183本の論文を撤回、さらに9位には3人の日本の医学関係の研究者が39本で並んで登場しており、上位10位までの半分が日本の研究者です。
 さらに辿っていくと、14位には撤回した論文が32本の琉球大学の医学部教授、17本の鹿児島大学の医師、13本の大分大学の医師が登場します。
 日本の研究不正は医学関係ばかりですが、外国では電子工学、材料工学、化学などもありますし、社会心理学、会計学、教育学、経済学など文系の研究者も30位以内に登場しています。

 さらに日本にとって残念なことは、明確な定義があるわけではありませんが、世界三大研究不正事件と言われる不正研究の一つが日本の研究ということです。
 誰もが思い浮かべるのは2014年に発表された「STAP細胞」論文の捏造疑惑です。
 イギリスの科学雑誌『ネイチャー』の2014年1月30日号に発表された2本の論文はノーベル賞級の世紀の大発見と騒がれましたが、7月に撤回されました。
 残り2つの1つは、ドイツのヤン・ヘンドリック・シェーンが若干29歳で2000年以降に『ネイチャー』に7本、『サイエンス』に9本も発表した高温超伝導についての論文で、2000年にはマイナス221℃で超電導現象を実現し、翌年にはマイナス156℃で実現したという実験結果の論文です。
 それ以前には、超伝導が発生する温度はマイナス264℃でしたから、一気に100℃近くも高くなったので、衝撃的でした。
 これによってシェーンは数多くの賞を受賞するスターになりましたが、2002年には複数の論文のグラフが同一であるなど疑問が指摘され、勤務先のベル研究所が捏造についての調査委員会を設置、9月にはシェーンを解雇して終幕しました。31歳でした。

 最後の1つは韓国の生物学者ファン・ウソクの事件です。
 ソウル大学校獣医科の教授で、2004年と翌年に『ネイチャー』に掲載された2本の論文によって、ヒトのES細胞を世界最初に作ったとされ、韓国で自然科学分野の最初のノーベル賞を受賞すると大騒ぎになりました。
 韓国政府の科学技術部はウソクを「最高科学者」第一号に認定し、「ファンウソク・バイオ臓器研究センター」を設立、「韓国国家イメージ広報大使」に任命、記念切手まで発行しようとしました。
 大韓航空は10年間、ファーストクラスを自由に利用できる権利を与え、民間により高さ5メートルの「ファン・ウソク石像」も建立されました。
 しかし、2005年になって論文の共同執筆者のアメリカの学者が、実験に使用した人間の卵子を不法に入手していると公表し、警察が捜査を開始、さらに論文に掲載された写真が虚偽のものであることも判明し、2006年に『サイエンス』に掲載された論文は撤回され、ノーベル生理学・医学賞は幻になってしまいました。

 このような「捏造の種は尽きまじ」はなぜ起こるかということですが、第一は国家の栄誉に押しつぶされることです。
 ヨーロッパでは1829年にベルギーでネアンデルタール人の骨が発見され、1868年にフランスでクロマニオン人、1907年にドイツでハイデルベルゲンシス人の骨が発掘され話題になりましたが、ヨーロッパの盟主を自認するイギリスでは発掘されませんでした。
 そのような背景からアマチュア考古学者であるチャールズ・ドーソンがイングランドのピルトダウンで発掘したという人骨を大英博物館に持ち込み、多くのイギリスの学者が現生人類の最古の化石と認定したのですが、結局は戦後になってオランウータンの骨などを使って捏造されたことが判明しました。
 大英帝国の威信が捏造を引き起こしたと考えられます。

 第二は当然ですが、個人の栄誉です。
 藤村新一というアマチュアの考古学者が1970年代から各地で旧石器時代の石器を次々と発掘し「神の手」と言われていました。
 ところが不都合な真実が次第に露見し、自身が発掘した縄文時代の石器をあらかじめ埋めておいたことが明瞭になり、考古学界を大混乱させました。
 本人の言葉によれば、きっかけは功名心だったということです。

 第三は切実な問題ですが、研究者として就職し、出世するためには業績が必要であり、とりわけ最近は毎年のように成果が要求されるので、ついつい捏造してしまうということです。
 私が大学を退職した頃から成果の要求が厳しくなり、その時期から不正な論文が増えたという印象です。
 しかし、これは銀行員が書類を誤魔化して不正をするという問題とは違い、冒頭に紹介したように国家自体の評価にも関わることですから、研究者自身の自覚とともに、国として防止する仕組みの検討も必要だと思います。





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