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論文

 今日は「ホラクラシー」という新しい企業形態をご紹介したいと思います。
 会社という言葉からは、頂点に代表取締役が存在し、取締役会があり、それ以下の社員にも部長、課長、係長、平社員という序列があり、下になるほど人数が多いピラミッド型の組織を連想します。
 ところが最近、会社法によって代表取締役と取締役会は存在しないといけないので任命されていますが、それ以外は序列なしの全社員並列という組織が出現してきました。
 以前はピラミッド型に対して、細長い直方体に取手だけがついたような形なので文鎮型と言われていたのですが、最近はホラクラシー組織と言われるようになったのです。
 ホラクラシーの「クラシー」は民主主義、デモクラシーのクラシーと同じで、ギリシャ語の権力とか支配を意味する言葉です。
 前半の「ホラ」もギリシャ語の「ホロン」が語源で、全体を構成する要素それぞれが自立している状態を示す言葉で、哲学問答のようですが、ある要素が部分でもあり、全体でもあるということを意味します。
 したがって、代表取締役や取締役という一部の社員が経営方針を決定する組織ではなく、社員全体が運営している組織ということになります。

 理屈だけでは分かりにくいので実例をご紹介したいと思います。
 東京都港区に存在する「株式会社アトラエ」は2003年に設立された資本金10億円強で、今年の9月期の売上が22億5000万円という規模の会社で、今年6月には東証マザーズから東証一部に昇格しています。
 アトラエは英語のアトラクティブネスのスペイン語で魅力という意味です。
 仕事は人材紹介や求人サイトの運営ですが、ホームページを見ると、一般の会社ですと、最初に背広にネクタイをした正装で引き締まった顔の会長や社長の写真と経営方針が出てきますが、アトラエのホームページでは55名の社員全員の顔写真がずらりと並んだ画面が登場します。
 しかも背広姿はゼロで、全員がTシャツやポロシャツ姿、そのうち41名、すなわち4分の3の社員が白い歯を見せて微笑んだ写真ですし、10名くらいは髭を生やしています。
 そしてCEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)以外は肩書きがなく、写真の下には「販売」「技術」「デザイナー」など職務が記されているだけ、役職がないので出世もありません。
 どのような仕事ぶりかを紹介したレポートを参考にしますと、毎週月曜日の朝に朝会(あさかい)が開かれますが、ほぼ全員が出席し、チームごとに担当者が連絡事項を報告し、情報は社員全員が共有する仕組みになっています。
 役職がないので出世や昇進は存在しませんが、昇給は存在します。
 普通の会社では上司が日頃の業務から判断しますが、その結果、派閥ができたり情実が左右する欠点があります。
 アトラエでは社員自身が自分の仕事ぶりを理解してくれていると思う社員を5人選び、その5人の評価で昇給を決定しています。
 さらにホラクラシーが影響しているかどうか分かりませんが、アトラエでは社員の9割が会社から2.5キロメートルの徒歩圏内に居住しており、時間に余裕ができ、仕事と家庭の両立(ワーク・ライフ・バランス)が維持されているという特徴もあります。

 日本の経済社会は低迷していますが、その理由として社員の熱意が外国に比べて足りないということが挙げられます。
 昨年、アメリカの調査会社ギャラップが世界の139カ国の1300万人の勤労者を対象にした仕事に熱意のある社員の割合を調査した結果があります。
 世界平均は15%で、多くの勤労者が給料をもらうために働いているという実態を示していますが、それでもアメリカやカナダはやる気のある社員が31%、中南米は27%ですが、日本は6%でしかなく、139カ国中132位、下から8番目という停滞した企業社会になっています。
 日本は与えられた仕事は着実にこなすけれども、率先して新しい仕事を作ったり、組織を改革しようという意識の強い社員が少なく、それが停滞の原因ではないかと推察されます。
 あらゆる業種がホラクラシー組織に転換することはできませんが、社員が自発的に仕事をする組織は日本の停滞を打破するカギになるかもしれません。

 ホロンという、もともと科学分野の概念を社会の変革に活用しようという理論を提言したのはハンガリー生まれのアーサー・ケストラーという作家でした。
 1978年に『ホロン革命』という評論を出版し、社会の基本理念を変更することを提案していました。
 それは期待したほど社会に浸透しませんでしたが、ようやく企業の経営形態として陽が当たるようになり、日本でもコンサルティング業の「シグマックス」、ネット広告の「カヤック」、システム開発の「ガイアックス」などが登場してきました。

 もう一つ重要なホラクラシーは通信分野で登場した革命です。
 1875年に発明された電話は100年以上世界の電気通信を支配してきましたが、これは交換局に回線が集中して相互に接続する典型的なピラミッド型のネットワークを構築して世界をつないできました。
 しかし、現在の電気通信の中心のインターネットは無数のノードが分散して通信を搬送する完全なホラクラシー型のネットワークで維持されています。
 これが80年代の終わりころに実用になるという時期には高名な通信学者や既存の通信会社は、責任を持って全体を維持管理する主体のない通信システムは正常に維持できないと反対しました。
 しかし、現実には電話ネットワークは急速に縮小し、インターネットが世界の通信システムを維持しています。
 これまでの常識からすると、経営執行部が存在しないホラクラシー組織は不安かと思いますが、民泊を紹介する「エアビアンドビー」や通信販売の「ザッポス」など大企業もホラクラシー組織を採用しはじめています。
 注目すべき時代の変化だと思います。





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