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論文

 10月に入り、秋も本格的になりました。秋と言えば「芸術の秋」「食欲の秋」などでもありますが、やはり「読書の秋」で、涼しくなって夜長に本を読もうという方も多いと思います。
 しかし本には麻薬作用があり、嵩じると「ビブリオマニア」という中毒になります。
 ビブリオというのは、図書館をビブリオテークと言ったり、著作目録をビブリオグラフィと言うことからも分かるように、書物というギリシャ語ビブリアから派生した言葉です。 
 聖書をバイブルと言うのも同じ語源です。そしてマニアは熱狂、熱中という意味ですから、ビブリオマニアは日本語では、以前は「書痴」とか「書狂」と訳されていましたが、最近は「愛書家」すなわち書物を愛する人と訳されているようです。
 その書物の愛し方には2種類あり、大量に読書をするという愛書家と、大量に所有するという愛書家が存在します。

 読書派のビブリオマニアと認定されるためには、一日一冊が最低限度の条件という説があります。
 これは平成14年に文化庁が行った「国語に関する世論調査」で、毎月31冊以上は読むという人が0・4%しかいなかったということを根拠にしています。それでも数十万人になりますから、それほど特殊ではありません。
 そこで次に登場するビブリオマニアは「百科事典」を最初から最後まで読破するという人です。
 『世界大博物図鑑』全7巻を一人で書いたという荒俣宏さんや、ライブドアの代表であった堀江貴文さんが有名ですが、外国では一年で読破した経験を『驚異の百科事典男』(文春文庫)という本にしてベストセラーにしたA・J・ジェイコブスというアメリカのジャーナリストもいます。
 彼は35歳で思い立ち、全32巻、ページ数3万3000ページ、項目数6万5000、単語数4400万という『ブリタニカ百科事典』を1年間で読破しました。

 しかし、読書派は正統のビブリオマニアではなく、やはり歴史的には蔵書派がビブリオマニアと呼ばれてきました。
 日本では荒俣宏さんや鹿島茂さんが有名ですが、世界の歴史には、マニアという名前に相応しい人物が何人もいます。
 ビブリオマニアは同じ本を2冊買って、1冊は読書用、1冊は保存用とし、扱うときは手袋をはめ、当然、汚れるので他人には貸さないというのは常識ですが、同じ本でも版が違えばすべて買うというマニアも多数います。

 以前、この番組でご紹介した植物学者の牧野富太郎さんもビブリオマニアで、動物や植物についての百科事典『本草綱目』は23種類を購入していたそうです。
 現在、江戸時代に翻訳された『本草綱目啓蒙』でさえ古書店で60万円から70万円しますが、そのような本を値段に構わず次々と買っていったので、借金は当時の金額で3万円、現在では何億円という額になったと言われています。
 上智大学名誉教授の渡部昇一先生は、教授時代にイギリスに留学し、ある古書店の本をすべてまとめて購入したと伺ったことがあります。しかし、外国には、それ以上のマニアも多数居ます。

 20世紀のロンドンに生活したソロモン・ポッテスマン(1904-78)は、1700年以後に印刷された本にはまったく関心を持たず、専門用語でインキュナブラといわれる1500年以前の活字本だけを集めたビブリオマニアです。
 アパートにはベッドが一つ置いてあるだけで、コップも1個しかなく、ごく稀に訪ねて来た人に、そのコップで紅茶を勧め、自分は牛乳瓶で紅茶を飲んでいたというほど質素な生活で、当然、いつも服装は同じだったそうです。
 生活費は古書の売買だけでまかなっていましたが、重要な本は銀行の貸金庫室に入れて保管するというように、本にはお金を使っていました。
 自宅に置いてある本が水に濡れることを極端に心配し、トイレの水道の配管を外してしまったので、流すときにはバケツの水を使っていたほどです。
 1978年に他界するとき、見舞いに来た友人に「自分の病気の名前が史上初めて出ている本を持っているんだ」と満足げに話して亡くなったそうです。しかし、この程度は序の口です。

 19世紀の有名なビブリオマニアのヴェストレノン・ド・ティーラント男爵はオランダ王立図書館の館長でしたが、40年かけて自分だけの図書館を作り、だれにも見せようとはしませんでした。
 しかし、あるとき信用のおける友人2人だけに見学を許可したのですが、雨が降った場合に湿気を部屋に持ち込むと困るというので、自分の馬車を差し向け、部屋に入るときにはホコリが一緒に持ち込まれないように服を着替え、帽子とスリッパも備え付けのものを着けるという念の入れ方でした。
 現代の半導体工場に入るのと同じ厳しさで、当然、本には触らせもしませんでした。

 このような病が嵩じていくと、世界に何冊しかない稀覯本を大金をはたいてすべて購入し、1冊を残して、それ以外は燃やしてしまい、この本は世界で自分しか持っていないと満足するというビブリオマニアも居たようで、害悪になりかねません。
 秋の夜長に読書を楽しまれることは結構ですが、書物の魔力に引込まれないようにご注意いただければと思います。

 本の話をさせていただきましたので、最後に僕が最近作った私家版の本『鄙には稀なる』を5冊プレゼントさせていただきたいと思います。
 内容は、これまで僕が全国各地で出会った奇人変人の想い出を業界紙に1年間連載した文章を1冊にしたものです。文章は稚拙ですが、27枚の挿絵は『文藝春秋』の表紙を毎月描いている日本画家の平松礼二画伯に御願いしましたし、最近では見かけないアンカットの装丁なので、そちらの価値は十分にあると思います。





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