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論文

 明日12月28日は益田孝という実業家の命日です。
 世間では益田鈍翁(どんおう)という名前で知られている実業家です。
 幕末の嘉永元(1848)年に佐渡に生まれ、幕府の役人であった父親が元治元(1864)年の第二回の遣欧使節団に参加した時、17歳でしたが、一緒に参加し、ヨーロッパを訪問した経験がある人です。
 明治になって大蔵副大臣に相当する役職にあった井上馨の勧めで大蔵省に勤務しますが、井上が明治6(1873)年に尾去沢銅山汚職事件で下野した時に一緒に辞職します。
 明治7(1874)年に井上馨とともに三井物産の前身である先収会社を設立し、1876年に三井物産に発展した時に、その初代社長になり、同じ年に日本経済新聞の前身である「中外物価新報」を創刊したという実業家です。
 しかし、もう一つの顔は「千利休以来の大茶人」と言われることもある有名な茶人で、その名前が益田鈍翁という訳です。
 経済界には茶人として有名な実業家は多く、中外物価新報から明治44(1911)年に改称した「中外商業新報」の社長、三越呉服店の社長を歴任した野崎廣太、電気事業で活躍し「電気王」と言われた松永安左エ門、そして益田鈍翁はそれぞれ小田原に茶室を構えたため、「小田原三茶人」と称されるほど、茶道を極めた財界人でした。

 何故、このような方々を紹介するかというと、最近の日本の経済が不調であるのはアメリカの経営方針の影響で4半期ごとの業績が増大しなければ、経営者としての資質を問われる社会になると、短期の売上や利益の増大を追求することに熱心のあまり、ビジネスの新しい方向を発見する余裕がないのではないかと思うからです。
 大変に有名で日本でも流行しましたが、ヨーロッパ生まれの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの「破壊的創造」、そこから派生した「選択と集中」が有名ですが、経済発展は外部環境の変化によって起こるのではなく、企業内部で革新を起こさなければ発展できないという理論を思い出す必要があると感じます。
 その内部の確信を起こす力はどこにあるかについて、やはりヨーロッパ生まれの経営学者ピーター・ドラッカーは、芸術の役割が重要だと言っています。
 ドラッカーは戦前から日本の水墨画や禅画に興味を持ち、戦後になって日本に来てから、室町時代の水墨画を多数所蔵しており、日本で何度か展覧会が開かれているほどのコレクターでしたから、納得できる言葉です。

 そのような大学者の言葉を根拠に、発展している企業の芸術や文化全体に造詣の深い経営者を探してみると、多数、発見できます。
 有名な人物では、アップルを創業したスティーブ・ジョブズです。
 大学在学中には世界のアニミズムのような原始的宗教や座禅などに興味を持ち、インドに修行に出かけ、サンフランシスコで禅の修行をしたりと異質の文化を体験しています。
 1976年に666ドル66セントで発売した「アップルT」こそ、ボードだけでしたが、翌年に発売した「アップルU」は筐体に入れた完成品としてパーソナル・コンピュータを発売しました。
 そのためにジョブズはデザインに大変にこだわり、製造開始期限ギリギリまで何人ものデザイナーに依頼してデザインを完成しています。
 それ以後もアップルの製品は本体のデザインはもちろんですが、製品を入れる外箱のデザインにも徹底してこだわっています。
 製品の外箱というと、普通は製品を取り出したらゴミとして捨てますが、ファンは外箱を大切に保存し、最近ではメルカリで外箱だけでも取引されているほど人気があります。

 そのジョブズの後継のティム・クックはIBMやコンパックでコンピュータ分野に関係していましたが、宗教や哲学に造詣が深く、禅にも傾倒していたため、ジョブズが後継に選んだと言われており、ジョブズの経営精神を継承しています。

 日本の家庭電化製品を生産していた会社は、掃除機や扇風機のような単純で安価な製品は新興工業国にかなわないと早めに切り捨てましたが、イギリスのダイソンはサイクロン方式の新型掃除機やエアマルチプライヤーという羽根のない扇風機を開発し、従来とは原理も外観もまったく違う製品で新しい市場を開拓しています。
 このダイソンはイギリスの大学で美術を勉強した後、さらに別の大学で家具とインテリアデザインの勉強をし、現在、母校の王立美術大学の学長や日本の多摩美術大学の客員教授もしている人物です。
 羽根のない扇風機は、かなり以前に日本の企業が特許を取っていましたが、残念ながら、それを製品にする発想がなく、芸術のバックグラウンドのあるダイソンが画期的な製品にしたことになります。

 そのような経営者は日本にもおられ、私が個人的にお付き合いのあった方で芸術感覚のあった一人が、1980年からハンバーグレストラン「びっくりドンキー」のチェーンを創業された庄司昭夫さんでした。
 世界各地の先住民族への想いや自然保護への想いが強い経営者で、私と気持ちが通じ、何度もお目にかかりました。
 もともと大学時代からジャズドラマーとなりたかったのですが、親の希望でレストラン経営をされることになり、見事に成功されました。
 ある時、小樽にある小樽ビールのレストランに来るように言われて訪ねたところ、自分で作曲した東洋風のジャズを自分でドラムを叩きながら演奏していただいたことがあります。
 そのような芸術や文化への関心がビジネスを発展させて来たのだと思います。

 現在は株主の発言力が強くなり、経営者も自己資本利益率(ROE)を上げることが要求されていますが、環境に配慮したESG投資や地球全体の保全を考慮したSDGsが社会の重要な関心になって来た現在、利益だけではない、芸術感覚、哲学などが経営者に求められる時代になっています。
 最初にご紹介した茶道の分野で超一流であった経営者は、まさにそのような経営者像を具現しておられたのではないかと思います。





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