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論文

 2月に入って愛知県の養豚場で発生した豚コレラが長野県、岐阜県、滋賀県、大阪府など周辺の府県でも感染が確認され、大きな問題になっています。
 実は昨年9月に日本国内では26年ぶりに岐阜県の養豚場で豚コレラが発生しており、8000頭以上のブタが殺処分されていますが、今回は広域に拡散し、愛知県では6700頭以上、岐阜県では4000頭以上、滋賀県でも約700頭、長野県で2500頭弱、大阪府で700頭強のブタ、合計約1万5000頭が殺処分されています。
 これ以外にも家畜の伝染病は何度も発生しており、最も恐ろしい伝染病とされている口蹄疫が2000年と2010年に宮崎県で発生しています。
 これは日本では1908年以来、およそ100年ぶりの発生で、特に2010年は日本の歴史上最大の被害で約30万頭のウシとブタを殺処分し、被害総額は2350億円にもなっています。
 日本のウシの飼育頭数は約250万頭、ブタは約900万頭ですから、全体の2.6%になる大変な頭数です。
 もう一種類の重要な家畜はニワトリですが、2010年から11年にかけて宮崎県など9県で鳥インフルエンザが発生し、183万羽を殺処分し、2014年から15年にかけては熊本、宮崎、山口、岡山、佐賀などで次々と発生し、46万羽が殺処分されています。
 日本で飼育されているニワトリは1億3500万羽ですから、全体の1.7%に相当する数です。

 しかし、外国では桁違いの被害が発生しており、1997年に台湾で発生した口蹄疫では、飼育されていた約1100万頭のブタのうち385万頭が殺処分され、牧畜の盛んなイギリスでは、2001年に口蹄疫が流行した時にヒツジが525万頭、ウシが76万頭、ブタが45万頭という規模で殺処分されています。
 鳥インフルエンザについても2014年に韓国で発生した時にはアヒルなど504万羽の家禽が殺処分され、2015年に台湾で発生した鳥インフルエンザではガチョウなど466万羽が処分されています。

 牧畜には、このような問題があるのですが、それ以外にもいくつかの問題があります。
 まず穀物や野菜に比べて効率が悪い食料生産方式ということです。
 人間が食べることのできる肉を1キログラム得るために家畜に与える飼料を計算すると、牛肉は20キログラム、豚肉は7・3キログラム、鶏肉は4・5キログラム、魚肉は1・4キログラムが必要です。
 簡単に言うと、高価な肉ほど餌代がかかるという訳ですが、エネルギー効率も高価な肉ほど悪いと言うことになります。
 水も与えなければいけないのですが、それぞれ1キログラムの肉を得るために牛肉は2万600キログラム、豚肉は5900キログラム、鶏肉は4500キログラムを与える必要があり、これも高価な肉ほど水が必要です。
 さらに最近は地球温暖化問題が深刻になってきたため、反芻動物であるウシのげっぷからでるメタンが問題とされ、世界全体で排出される温室効果ガスの18%が畜産からと推定されています。
 これらをまとめて国際連合食料農業機関(FAO)は「動物を育てて殺し、食料にすることは、地球温暖化、土壌劣化、大気や水質の汚染、生物多様性の喪失など世界の環境問題の主要な原因になっている」と発表しています。

 美味しい肉が完全に悪者になっていますが、これまでご紹介した問題を一気に解決しようという新しい技術開発が始まっています。
 「培養肉」です。細胞には自分を複製する能力とともに、様々な細胞に分化する能力を持つ「幹細胞」という特殊な細胞があります。
 京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学・生理学賞を受賞されたiPS細胞や、それ以前から知られているES細胞が代表です。
 すでに高齢の患者の細胞から作り出したiPS細胞を網膜の細胞に分化させて、患者の加齢黄斑変性を治療した実績があるまでになっていますから、ウシやブタの幹細胞を利用して牛肉や豚肉を作ることは十分に可能です。
 しかし、現状での問題は費用がかかることです。先に説明した加齢黄斑変性の治療でも10数名の研究者が10ヶ月以上かけて治療をするので、原価だけでも1億円以上になります。

 培養肉はどうかというと、2013年にオランダのマーストリヒト大学のポスト博士がウシの幹細胞から作った培養肉のハンバーガーの試食会を開きました。
 評価は「脂肪分が少なく赤みの肉のハンバーガーのような食感」というものでしたが、問題は試験的生産のため研究費込みでハンバーガー1個分の培養肉の生産費用が3500万円で、現状では商売にならない値段です。
 しかし、ポスト博士によれば、現在の技術でもハンバーガー1個分の培養肉を1400円程度では生産できると発表しています。

 この培養肉が解決する、もう一つの重要な問題があります。
 我々はスーパーマーケットのプラスチックのトレイに収まって並べられた肉しか目にしませんが、それらの肉は身動きできないような畜舎に拘束されて育成され、最後に殺された家畜に依存しています。
 この飼育環境や殺生の必要について不快に思っている人は多く、2017年にアメリカの「動物の権利擁護団体」が行った調査では、70%の人が不快に思っています。
 培養肉はこの問題も解決することになります。
 すでに先を見据えた動きは始まっており、アメリカ科学アカデミー(NSA)は培養肉を今後の成長分野として例示していますし、昨年11月にはアメリカの食品医薬品局と農務省が培養肉の生産を共同で管理する方針を発表しています。
 そのような動きを反映してアメリカの大手食肉企業は動き始めていますし、日本でも2015年に「インテグリカルチャー」というベンチャー企業が設立され、2020年代半ばには現在のスーパーマーケットで売られている程度の値段で培養肉を販売することを目指しています。
 人口増加によって不足するタンパク質は昆虫が解決するという方針を国際連合食料農業機関が2013年に発表していますが、それを回避できるかもしれません。





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