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論文

 東京駅前にある東京中央郵便局の再開発が、結局、「登録有形文化財」として設計変更して対処する事で決着しました。
 経緯を振り返ってみると、2年近くの議論の末、現在の5階建ての建物の建っている敷地に、38階建ての「JPタワー(仮称)」を建設し、その下部に現在の建物の外壁を腰巻きのように巻き付けるという案が作成されました。
 その案は昨年6月に日本郵政から公表され、9月に東京都に提出され手から都市計画法に基づいて一般に告示され、今年の2月に東京都都市計画審議会に諮られて同意され、3月6日に東京都知事が正式に都市計画決定しました。
 したがって、日本郵政の西川社長が再開発の正当性を訴えておられるのは手続き的には正しいのですが、文化庁が「文化財保存策として受け入れがたい」という意向を表明していたことを日本郵政が東京都に正しく伝えていなかった問題、日本建築学会が保存を要求していたことを無視したという問題、日本郵政内部にも工事中止を押す声があるという内情など、すっきりとしていた訳ではありませんでした。
 そこへ、日本郵政の所管大臣である鳩山総務大臣が「トキを焼き鳥にして喰っちゃうような話」という強烈なハトの一鳴きで、一気に情勢が変化してきましたが、日本郵政による設計変更を受け入れた後「剥製になって文化財として残る方法で再開発してもらう」ということで決着しました。

 この問題を考えてみたいと思いますが、東京中央郵便局は逓信省営繕課に在籍していた建築家の吉田鉄郎が設計し、1931年に完成した建物で、当時、ヨーロッパの建築に台頭していた過剰な装飾から脱却した簡素な建物を目指すモダニズム運動を日本に導入し、さらに日本独自の風味を加えた傑作とされています。
 当時、桂離宮を非常に高く評価したブルーノ・タウトという建築家が日本に来ていましたが、この建物をモダニズム建築の傑作と褒めています。
 これは建築界の内部の話題だという方も居られると思いますので、やや広い範囲で東京中央郵便局を残すかどうかを議論するのに参考になる話を紹介したいと思います。

 明治政府が成立した直後の慶応4(1868)年3月に太政官布告として「神仏分離令」が出され、それまで日本各地で普通であった神仏習合の慣習を否定し、神道と仏教、神社と寺院を明確に区分することになり、さらに明治3(1870)年2月に詔書として「大教宣言」が出され、神道を国教として定める国家方針が発表されました。
 これは仏教排斥を意図していたわけではなかったのですが、各地で廃仏毀釈といわれる運動が発生しました。
 この騒動は数年で下火になり、一種の熱病の流行のようなものでしたが、仏教寺院の破壊が各地で発生し、仏像や宗教絵画が焼き捨てられたり、海外へ流出するという騒動になり、その損失は膨大なものでした。

 象徴的な一例を紹介したいと思いますが、奈良にある興福寺も廃仏毀釈の対象となり、寺領はなくなり、築地塀や一部の建物が解体される事態になりました。
 そして有名な五重塔は250円(現在価格で600万円程度)、三重塔は30円(現在価格で75万円程度)で売りに出され、薪になる寸前で、まさに「かんぽの宿」を思わせる事態でした。ちなみに現在、五重塔も三重塔も国宝に指定されています。

 戦後になっても、同じような事件が発生しています。1972年7月に第64代田中角栄総理大臣が誕生しますが、その主要な政策は直前の6月に発表した「日本列島改造論」でした。
 その政策の一部として、北海道の釧路湿原を干拓して農業用地や工業用地にしようという計画が構想されました。
 釧路湿原は、すでに戦前の1935年に「釧路丹頂鶴繁殖地」として天然記念物に指定され、1952年には特別天然記念物に昇格していたのですが、当時の地元経済界は干拓に賛成、環境保護派は当然反対でした。
 結果は湿原が意外に深くて採算が取れないという経済的理由と、環境保護派が努力して1980年にラムサール条約に登録、1987年に国立公園指定に成功し、日本最大の湿原は守られました。
 現在、麻生総理大臣が同様の計画を発表すれば、国内外から強烈に批判され辞任するほどの出来事でしたが、たかだか40年前には、このような価値観が社会に受け入れられていたのです。

 その反対の例をご紹介したいと思います。現在、ドイツへ旅行すると、多くの都市の中心部に聳える大聖堂を見る事が出来ます。
 その多くは第二次世界大戦の空襲で破壊されたのですが、ケルン、ベルリン、フランクフルトなどでは、市民が破片を拾い集め、かつてのままに再建しています。
 このような事例を考えてみると、明治のときは維新という国家の改革という熱病によって、1970年代の日本列島改造論のときには開発という熱病によって、重要な文化や自然を失ったり、失いそうになったのですが、現在は経済発展という熱病によって、再び文化を失いつつあるのではないかと思います。

 東京中央郵便局を再開発する目的は、銀行出身の西川社長が年間100億円程度と見込まれているオフス賃料という経済価値を強調しておられるし、経済同友会の桜井代表幹事も「成長力ある郵政を作っていく観点からすると、鳩山総務大臣の発言は理解しがたい」と言っておられます。
 また、オリックスの宮内会長は以前、釧路湿原などの自然を再生する事業について、「一度、公共事業として開発した場所を、再度、税金を使って過去に戻すことは無駄だ」と発言しておられます。
 確かに経済の観点からは正しい意見かも知れませんが、「人はパンのみによって生きるにあらず」という言葉もあるように、社会は経済だけによって成立しているわけではないということを忘れておられると思います。
 昨年12月のこの番組でご紹介しましたが、東京中央郵便局の目の前にある東京駅では、創建当時の建物に復元するという対照的な工事が行われています。
 道路を挟んで向かい合う2つの開発を見比べて、社会のあり方を考えてみるべきではないかと思います。





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