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論文

 今日は「北極が熱い」という話をさせていただこうと思います。
 第一には気温が上昇して、本当に暑くなっているということです。
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書によると、20世紀の100年間で地球全体の平均気温は0・74℃上昇しましたが、北極圏では2・4℃以上上昇しているので、平均よりも3倍近く上がったことになります。
 さらに昨年10月には、アメリカの海洋大気局(NOAA)が、北極圏の秋の気温が平年に比べて5℃も高くなったという発表もしています。
 カナダの大学がエルスメア島で気温を観測していますが、夏の最高気温が過去の平均では7・8℃でしたが、昨年は19・7℃にもなったという報告もあります。

 その結果、北極海の氷の面積が急速に減少しています。氷の面積は1979年から人工衛星で観測されていますが、1980年頃には面積が最小になる夏に700万平方キロメートルで、冬は全面凍結していました。
 それ以後、平均して毎年6%の割合で減少してきましたが、1998年には一気に25%も減少し、2007年には420万平方キロキロメートルと、この30年間で40%も減り、過去最小になってしまいました。
 氷の厚さも1970年代までは平均3・1mでしたが、1990年代以後は1・8mになり、これも40%ほど減ったことになります。

 様々な原因が考えられますが、これは一種の悪循環、専門用語ではポジティブ・フィードバック(悪循環)が発生しているのです。
 環境問題を考えるときに「アルベド」という数値があります。地球の表面が太陽の光を反射する比率で、すべて反射してしまえば100%、すべて吸収してしまえば0%とします。
 地球全体は30%程度ですが、北極海では表面が氷で覆われている場合は80%程度、氷が溶けて海面になると50から60%になります。
 一度氷が溶け始めると、アルベドの小さい海面が増えるので、ますます太陽の光を吸収するようになり、海水が暖まり、氷が溶けるという悪循環に陥ることになります。
 これまで、2040年頃には夏に氷がまったくない北極海が出現するというのが一般的な予測でしたが、最近、アメリカの航空宇宙局(NASA)の学者が2013年から2014年には、そのような状態になると発表しています。
 これは地球環境を大きく変える可能性があり、大問題ですが、一方、それを歓迎している動向もあります。

 ここから第二の「北極が熱い」という話題が登場します。
 現在、船で太平洋と大西洋の間を行き来しようとすると、パナマ運河を通過するかスエズ運河を通過する必要があります。
 ところが、北極海を通過できれば、距離が大幅に短くなるというわけで、例えば、東京からロンドンへ船で行く場合、スエズ運河経由の西回りの場合2万3000km、パナマ運河を経由する東周りの場合2万1000kmですが、北極海を通過できれば1万6000kmになるので、25%から30%も距離が短縮され、燃料が大幅に節約できるうえ、数千万円もする運河の通行料金も節約できることになります。
 現状では、冬には砕氷船が必要ですが、数十年後には冬でも航路が確保できるほどに氷が減るという予測もありますから、年間を通じて北極海航路が確保できることになります。

 そして第三の「熱い北極」も登場しています。
 2007年8月にロシアの小型潜水艇が北極海に潜航し、北極点にチタンで作ったロシアの国旗を立てるという事件がありました。
 アメリカ政府が直ちに「これは法的権利もないし法的効力もない」と声明を発表していますが、ロシアの狙いは明らかに領土の権利を主張することです。
 その理由は北極海の海底に大量の鉱物資源と、海域にクジラ、アザラシ、魚類など動物資源が存在するからです。
 とりわけ石油と天然ガスについては、まだ発見されていない資源の4分の1以上は北極海の海底に埋蔵されているという予測もあり、各国が狙っているわけです。

 そこで、北極圏に領土を保有しているアメリカ、ロシア、カナダ、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、アイスランドの8カ国で、1996年に北極評議会(Arctic Council)が設けられ、北極海の開発や環境問題について議論してきました。
 ところが中国と韓国はこの評議会のオブザーバーとして参加する申請をし、認められそうですが、日本もようやく申請をすることにし、来週の4月29日にノルウェーのトロソムで開催される北極評議会の閣僚会議に外務省の職員が傍聴することになりました。

 これで思い出すのは、1988年にカナダのトロントで開かれた「変貌する大気/地球安全保障との関係」、通称トロント会議と言われる国際会議です。
 これはサミットがトロントで開かれた直後、カナダのマルルーニ首相が発案した国際会議で、それ以後の地球環境問題が国際政治課題となる契機となった重要な会議です。
 300人以上の研究者と400人以上のジャーナリストが参加し、何人かの首脳も参加したのですが、日本は数人しか参加しなかったと言われています。
 政治家も選挙民の人気取りの政策やコップの中の派閥争いをしている時間を、このような国家の将来を左右する問題を考えるために使って欲しいし、官僚も制度改革潰しに奔走する熱意を国益に振り向けてほしいと痛切に思います。





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