TOPページへ論文ページへ
論文

 2009年3月期の決算が各社から発表されていますが、世界不況と為替差損の影響で、本当に軒並みという言葉が当てはまるほど、多くの企業の最終損益が赤字になっています。
 とりわけ、日立製作所、パナソニック、NEC、ソニー、東芝など、大手電機メーカーの赤字は1000億円規模です。
 これは日本経済にとっても打撃ですが、日本の科学技術にも深刻な打撃になっています。
 日本は科学技術立国を目指すため、先端技術に多額の投資をしています。
 平成8年度から12年度の第1期5カ年計画で約18兆円、13年度から17年度の第2期5カ年計画で約21兆円、現在進行中の平成22年度までの第3期5カ年計画で約25兆円という規模です。

 その先端技術の一つが「汎用京速(けいそく)計算機」です。「京」というのは「兆」よりも4桁大きい単位で、1の後ろに0が16個並ぶ大きさです。
 汎用京速計算機は1秒間に1京回の計算ができる能力を持つ計算機で、専門用語では10ペタフロップスの計算能力といいます。
 これがどの程度速いかを分かっていただくために、既存のスーパーコンピュータと比較してみたいと思います。
 数年前まで世界一高速のコンピュータは日本製でした。NECの開発したSX‐5というコンピュータを基礎とした「地球シミュレータ」で、2002年に運用を開始した時は40テラフロップスの計算能力がありました。

 しかし、これは開発中の「汎用京速計算機」の250分の1にしか過ぎません。
 ところが、地球シミュレータはアメリカの当時の最速コンピュータ「IBM‐ASCI White」の5倍の計算速度であったため、アメリカは反撃をはじめ、現在では1・7ペタフロップス、すなわち「汎用京速計算機」の6分の1程度の計算能力のコンピュータを開発し、しかも世界の上位500のコンピュータの半分以上がアメリカのスーパーコンピュータという事態になってしまいました。

 そこで、この劣勢を一気に逆転しようという目標で日本が開発を開始したのが「汎用京速計算機」で、すでに2002年度から要素技術の研究が始まり、2009年度中に試運転を開始し、2010年度中に運用開始を目指して開発中です。
 この開発は理化学研究所に開発本部が置かれ、日立製作所、NEC、富士通の3社が開発を担当していましたが、5月14日に、NECと日立製作所が会社の業績悪化のために開発を続けられないので、撤退すると発表しました。
 残るのは富士通だけですが、丁度その前日に、富士通は「汎用京速計算機」に使用される予定の、1秒間に1280億回の計算の出来る、世界最速の中央演算処理装置(CPU)の開発に成功したという発表をし、皮肉な結果となりました。
 これは現在最速のインテル製のCPUの2・5倍の計算速度であり、1999年以来、10年ぶりに日本が首位を奪還したことになりました。
 しかし、NECと日立製作所が抜けた状態では、当初の計画のまま開発を続けることは難しく、計画を一旦停止し、全体の見直しをする必要に迫られています。

 これが何故大問題かということですが、第一には、それぞれの国の威信がかかっているということです。
 1957年にソビエト連邦がアメリカに先駆けて人工衛星を打ち上げた時は「スプートニク・ショック」という言葉が生まれ、アメリカは大変な衝撃を受け、それを契機にアポロ計画が登場したわけですが、2002年に日本が地球シミュレータの完成を発表したときには「コンピュートニク・ショック」という言葉が作られ、ニューヨークタイムズが1面で報道したほどの大事件でした。
 それは単なる国家の面子を保つためかというと、そうではなく、最高速のスーパーコンピュータは、その国の総合技術力の結集だからというのが第二の理由です。
 CPUを設計する能力と、それを半導体で製造する技術、電力を安定して供給する技術、ソフトウェアを制作する技術なども重要ですが、それには膨大な基礎技術が必要となります。
 したがって、ヨーロッパの主要国を見ても、ハードウェア開発は断念し、日本やアメリカのスーパーコンピュータを購入してソフトウェアで勝負しようとしているだけですし、中国や韓国もまだまだという段階です。

 しかし、それ以上に重要なことは、現代の科学研究や技術開発のほとんどがスーパーコンピュータなしでは不可能になっていることです。
 例えば、地球温暖化に関して、今後、地球の気温がどの程度上がるかとか、海面がどの程度上がるかという予測は、地球シミュレータで計算した結果が利用されていますし、新薬の開発もスーパーコンピュータによるシミュレーションで進めています。
 原子爆弾なども、その威力はスーパーコンピュータで数値実験し、最後の最後に実物で実験する時代になっていますし、航空機や自動車の設計も同様です。
 もちろん、アメリカのスーパーコンピュータを購入するという選択肢もない訳ではありませんが、軍事機密であって入手できなかったり、アメリカの会社や研究所と同時に入手できる保証はありませんから、研究や開発が出遅れることになりかねません。

 ところで地球シミュレータの開発費は約600億円、汎用京速計算機の開発費は1150億円です。
 先週の自転車の話のときにも紹介しましたが、必ずしも緊急に必要とされている訳はない高速道路の建設や拡幅に1兆8700億円の総事業費が投入されそうですが、その6%にしかならない金額です。
 定額給付金も感謝しておられる方も多いので、一概に否定できませんが、その5%にしかならない金額です。
 このような長期の国力を養う分野に政治や行政は目を向けるべきだと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.