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論文

 最近、パーソナルコンピュータ分野で激変が起こっていますが、そのキーワードが「クラウド・コンピューティング」です。
 この「クラウド・コンピューティング」という言葉を軸にして、コンピュータ分野で発生している急速な変化をご紹介したいと思います。
 「クラウド」というのは「雲」という意味です。
 インターネットは複雑な網の目のように通信ネットワークが入り組んでいますが、それを雨雲のような記号で示すことがあり、そこから派生した言葉です。
 それだけであれば、これまでもご紹介したことのある「グリッド・コンピューティング」「ユビキタス・コンピューティング」「オンデマンド・コンピューティング」と似ており、以前から同じような言葉があったではないかと言われる方も居られると思いますが、そのような新しい動きを総合的に表現したアンブレラ・コンセプト、雨傘のように全体を覆う概念だと言えばご理解いただけるのではないかと思います。

 それが、なぜ注目されるのかと言えば、この言葉を最初に使ったのが、グーグルの最高経営責任者(CEO)であるエリック・シュミットだからです。
 丁度3年前の2006年8月にカリフォルニア州のサンノゼで開催された「検索エンジン戦略会議」で、これからの情報社会の中核となる技術を「クラウド・コンピューティング」と呼び、さらにイギリスの雑誌『ジ・エコノミスト』に「インターネットに反対してはいけない」という文章で、その背景を説明しました。

 1997年にクリフォード・ストールという研究者が『インターネットはからっぽの洞窟』という本を書いて話題になりましたが、結論から言うと、空っぽだったのはインターネットではなく、パーソナルコンピュータだったのだということです。
 具体的に説明しますと、インターネットの雲の中に分散している無数のサーバーの中には豊富なプログラムやデータが存在し、利用者は自分のパーソナルコンピュータを雲に接続すれば、必要なプログラムでもデータでも自由に取り出すことができるという考えです。
 シュミットの言うように、このようなコンピュータとネットワークの組合せが中心になると、従来の情報社会に異変が発生します。

 第一に、手許のコンピュータは空っぽでいいということになり、そこで登場したのが「ネットブック」と呼ばれる低価格のパーソナルコンピュータです。
 もともと5万円前後で売出されたのですが、最近ではインターネット、すなわちクラウドに接続する通信回線の契約をすれば、1円とか10円で販売してくれます。
 僕の学生時代の45年以上前にも、コンピュータのハードウェアはソフトウェアの付録になるという予言がありましたが、まさにコンピュータはインターネットの付録になってきたのです。

 第二に、その空っぽのコンピュータを動かすための新しいオペレーティング・システム(OS)の登場です。
 これまではマイクロソフトの「ウィンドウズ・ヴィスタ」が象徴的ですが、端末のパーソナルコンピュータで様々な仕事をこなすために、記憶容量が巨大になり、動きが軽快ではなくなるという問題が発生していました。
 ところがグーグルが開発中で、来年には搭載したパーソナルコンピュータが発売されると予想されている「グーグル・クロームOS」は、数秒で起動でき、ネットワークに接続して利用するのに最適の設計になっています。
 それに対抗してマイクロソフトも「ウィンドウズ7」を用意せざるをえなくなりました。

 当然、このようなパーソナルコンピュータでは必要なプログラムやデータを雲の中から迅速に探してくる必要がありますから、第三に、情報検索システムが勝負になります。
 これはグーグルが世界の65%、ヤフーが20%を占有していますが、マイクロソフトも対抗して「ビング」というブラウザーを先月発表しました。

 第四の特徴がもっとも重要ですが、利益をあげるビジネスモデルが変化しはじめたことです。
 マイクロソフトはウィンドウズを販売して巨大な利益をあげてきましたが、グーグルは検索サービスはもちろん、携帯電話のOSである「アンドロイド」も無償で提供し、「グーグル・クロームOS」も無償で提供すると発表しています。
 それに対抗してマイクロソフトも「ワード」や「エクセル」などを統合した「オフィス」の簡易版を来年から無償で提供すると発表しています。
 収益は広告収入が中心になり、ここでも成功しているのはグーグルで、インターネット広告の25%を占有し、マイクロソフトは4%でしかありません。

 この情報産業の基本構造の激変は企業の業績にも反映しており、今年の4月から6月の四半期の売上高の昨年同期との増減をみると、IBM(−13%)、インテル(−15%)、マイクロソフト(−17%)など、これまでの情報産業の中心企業の売上が軒並み減少しているのに対し、アマゾン(+14%)、アップル(+12%)、グーグル(+3%)など、新しいビジネスモデルに対応できている企業が成長していることが分かります。

 それでは日本企業はどうかというと、現在の日本企業の力量では、OSとか情報検索システムで世界に流通するサービスを提供することは不可能ですが、得意のハードウェアでも出遅れています。
 ネットブックを最初に発売したのは台湾のアスースで2007年のことでした。その後、世界3位のパーソナルコンピュータ製造会社の台湾のエイサーが2008年に参入しましたが、日本はようやく大手4社(東芝/NEC/富士通/ソニー)がミニノートパソコンという一般名称で発売しはじめたところです。
 しかし、クラウド・コンピューティングを十分に意識した機械ではありません。
 さらに気になるのが、ネットワーク社会の出遅れです。携帯電話の普及率が世界で40位前後、ブロードバンド回線が16位もともかく、国際通信連盟(ITU)が調査した一人あたり提供されている通信回線の容量では38位という順位です。
 技術だけではなく、社会も遅れてしまった原因を解明して、早急に回復する必要があると思います。





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