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論文

 先週はカナダ北部のヌナブト準州の州都イカルイトから、そこに生活する先住民族イヌイットの人々について紹介させていただきましたが、今日はイヌイットの人々の生活から学ぶことを紹介させていただきたいと思います。

 今週初めてお聞きになる方も居られると思いますので、簡単に地域の概要をご紹介しますと、カナダの東北部分のヌナブト準州という地域がありますが、ここは日本の5倍以上の面積があるにもかかわらず、人口はわずか3万5000人程度という、ほとんど無人の場所です。
 人口の8割以上はイヌイットと呼ばれる先住民族ですが、今から数万年前、地球の気温が現在より10度近く下がり、海面が120m近く下がった最終氷期と言われる時期に、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸を隔てているベーリング海峡が陸続きになり、そのときにユーラシア大陸から北アメリカ大陸に渡ってきたアジア系の人々とされています。

 今回、出掛けたのは北緯73度という北極圏にあるポンド・インレットという人口2000人ほどの集落で、そこの猟師がアザラシやイッカクを捕獲する猟に付き合いました。

 第一に体験したのが、時間の感覚の違いです。2泊3日で猟に付き合う予定でしたので、余裕を見て1週間滞在することにしていましたが、今日は北西からの風が強いから中止、今日は波が高いから中止ということで、なかなか出発しません。
 しかし、地元の経験者が判断しているので強要するわけにもいかないので、毎日、じっと待機していました。
 そして滞在の余裕がなくなった、あと3日しか残っていないという日になって、天候が良くなったので出掛けようということになったのですが、のんびり準備をしているので、出発したのは夕方5時頃になってからでした。
 そのまま最初の野営する場所に行くかと期待していると、この辺りはイッカクが出没するので、しばらく様子を見るということで海の上に漂い、到着したのは午後9時前で、零下20度近くになっていたときでした。

 翌日、別の場所に移動して、いよいよアザラシ猟ということになったのですが、どうするかというと、アザラシが出没しそうな海岸に上陸し、アザラシが海面に頭を出す機会をひたすら待ち、その瞬間にライフルで射撃するという方法です。
 冬になって海が凍った時期には、アザラシが呼吸するための穴から顔を出すのを、零下40度にもなる氷上で、ひたすら待つという方法で狩猟します。
 1頭捕獲したので、これで一緒に帰るかというと、もう数頭必要なので、自分はここに残るので、君たちは伴走してきた船で帰りなさいということになり、目的を達成するためには時間を気にしないという考え方なのです。

 帰りに州都のイカルイトで環境副大臣や文化大臣にインタビューする機会がありましたが、この忍耐の精神こそ自分たちイヌイットの特徴で、ヌナブト準州の成立についてカナダ政府と交渉するときに、妥協せずに交渉したので20年以上かかったが、その結果、広大な領土と、自分たちが期待した自治権を獲得することに成功したという話でした。
 また、今後の発展計画について、いつまでに何をするかと質問したところ、目標は決まっているが、いつまでに実現するかは決めてなく、時代の変化に合わせて実現していくという答えでした。
 日本で流行のマニフェストは何年までに何を実現するかを明確にして、それが実現できなければ公約違反という考え方ですが、まったく違う考え方もあると思いました。

 もう一点、感心したのは、多くの先住民族に共通することですが、伝統文化を守るという意気込みです。
 すでに17世紀から、毛皮の交易や捕鯨のために、ヨーロッパの人々が一帯に到来し始めますが、イヌイットの人々との本格的な接触は19世紀になってからです。
 そのときキリスト教の宣教師も渡来し、イヌイットの人々の霊魂崇拝やシャーマニズムを悪魔の仕業と非難して、キリスト教への改宗を進め、シャーマニズムが次第に衰退していきます。
 しかし、最近になり、違う仲間同士が出会ったときに挨拶代わりに歌う「スロートシンギング」という歌や、宴会などで披露される「ドラムダンス」という踊りを、若者が復活させようと努力しています。

 もっと驚いたのは、イヌクティトゥット語というイヌイットの言葉が、ヌナブト準州の正式の公用語になっていることです。
 カナダの公用語は英語とフランス語ですが、このヌナブト準州だけはイヌクティトゥット語も公用語になっており、書類なども、すべて3カ国語か英仏のどちらかとイヌクティトゥットで書かれています。
 考えてみると、イヌイットの人口はカナダの人口の0・1%にもならない少数民族ですが、その言葉がヌナブト準州だけとはいえ、公用語になっているのは驚くべきことでした。

 20世紀の初頭にツイアビという南洋の島の酋長がヨーロッパを訪問して見聞した感想をまとめたという『パパラギ』というベストセラーになった偽書がありますが、その中にはヨーロッパ人がいつも時計を見ては時間を気にしている様子や、モノをたくさん持って、その維持や修理に人手やお金をかけている様子を皮肉っている場面がたくさん出ています。
 われわれは一つの視点からだけで世界を理解しがちですが、それが必ずしもすべてではないということも思い出すべきだと感じました。





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