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論文

 先週、一部の新聞に、ベトナムが建設予定の高速鉄道路線に日本の新幹線方式を採用することが決まったという記事が掲載されました。
 これは先月6日から7日の2日間、東京で開催された「日本・メコン地域諸国(カンボジア/タイ/ベトナム/ミャンマー/ラオス)首脳会談」の際に行われた鳩山首相とベトナムのグエン・タン・ズン首相との会談で、ズン首相から表明されたということです。
 この鉄道計画は北部の首都ハノイと南部の商業の中心であるホーチーミンを結ぶ約1600kmの区間に総事業費5兆円をかけて建設する大工事なので、日本にとっては朗報です。

 高速鉄道の歴史を振り返ってみますと、日本で1964年に東京・新大阪間に開通した東海道新幹線が世界の最初で、それ以後、1970年代にソビエト連邦、イギリス、イタリア、80年代にフランス、ドイツなどヨーロッパ各国に普及してきました。
 アジアについては、中国が1998年に広州と深圳の約100kmの既存の鉄道路線に高速列車を運行させ、それ以後、順次拡張していますし、2004年には韓国のソウルと釜山(プサン)の約400kmの区間が開通、2007年には台湾の台北と高雄の345kmの区間など新しく建設された高速鉄道が開通しています。

 今後についても、中国は広大な国土を縦横4本ずつの鉄道で結ぶ「四縦四横」という長期計画を作り、2020年には国内に1万8000kmの高速鉄道を建設する予定です。
 日本の新幹線の距離の合計が2300km程度ですし、世界の高速鉄道の総延長の半分に匹敵する距離ですから、いかに壮大な計画かが分かると思います。
 韓国も営業中の現在はKTXと呼ばれている京釜(キョンブ)高速鉄道の中間にある大田(デジュン)から南西の光州(クァンジュ)に向けての湖南線を建設中です。
 アメリカでも今年4月にオバマ大統領が、全国に高速鉄道網を建設する計画を発表し、サンフランシスコやロサンゼルス周辺、フロリダ南部、ニューヨーク周辺など10地域を対象に、当面5年間で1兆3000億円を投資する予定です。
 とりわけ西海岸のサンフランシスコとサンディエゴの1300kmは3兆円程度の計画で2020年に開業を目指す計画です。
 その計画図を見ると、19世紀の後半から20世紀にかけて、アメリカに鉄道網が急速に拡張していった時代を再現させるような状態です。
 さらにブラジルでもリオデジャネイロとサンパウロの約500kmに建設するための国際入札を準備しているという情報もあります。

 このようなブームの背景には、いくつかの理由があると思いますが、第一は高速な移動が可能だということです。
 現在、営業運転をしている高速鉄道の最高速度は中国の北京・天津高速鉄道が時速350km、フランスのTGVやドイツのICEが320km、日本の新幹線や台湾高速鉄道が300kmです。
 飛行機にはかないませんが、空港までの往復時間や空港での待ち時間を含めれば、東京と大阪の間くらいの距離ではほとんど同じです。

 第二は安全な移動が可能ということです。日本の2008年の交通事故を調べてみると、自動車に関係する事故の死者は5155人、負傷者は94万5000人ですが、鉄道に関係する事故では死者が300人、負傷者が697人です。福知山線の事故が発生した2005年でも474人と1358人ですから、自動車に比べれば確かに安全です。

 第三は大量の人々が移動できる手段だということです。2007年の国内の移動を調べてみると、高速道路を利用した移動は年間830億人キロ程度と推定されますが、新幹線の輸送した量も830億人キロでほぼ同じです。
 それ以外にも、到着時間が確実であるとか、移動している間は本を読むにしろ、寝ているにしろ時間を有効に使うことが出来るなどの利点もあります。

 しかし現在、世界が鉄道を再評価して建設を進めようとしているのは、環境の視点からです。
 2007年に日本で移動のために排出された二酸化炭素の内訳をみると、人を運ぶ乗用車とバスとタクシーの合計が1億2870万トン、鉄道は820万トンと15分の1になっています。
 しかし、輸送した量を人キロで示すと、自動車は9191億人キロ、鉄道は4055億人キロですから、割算をすると自動車は人を一人一キロ運ぶのに140グラムの二酸化炭素を排出し、鉄道は20グラムの二酸化炭素を排出している計算になります。
 日本の道路や鉄道の状態では、鉄道を利用すれば、同じ距離を移動しても7分の1の二酸化炭素の排出で済むということです。

 そこで問題の高速道路の無料化です。すでに休日を1000円にした段階で、JRは250億円の減収で、無料になれば750億円の減収になると予測されています。
 その影響として、国土交通省が9月に発表した数字では、高速道路が無料になった場合、自動車の利用者が57・5%増える一方、鉄道の利用者が10・6%減り、二酸化炭素の排出量は33%、量にして8200万トン増えるということになっています。

 同時に、民主党が説明しているように、一般道路の混雑が緩和するために2兆7000億円、家計の負担が軽減するために5兆1000億円の経済効果もあるという数字も発表されています。
 現在、EUでの二酸化炭素の取引価格はトンあたり3000円程度なので、排出の増加分を排出権取引で償うとすると2460億円、そして高速道路会社6社の料金収入2兆3200億円がマイナスとなります。
 どちらを選びますか?ということです。





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