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論文

 今年の干支は「トラ」ということで、トラの話題で始めたいと思いますが、干支の話ではなく、トラが絶滅の危機に直面しているという話題を紹介させていただこうと思います。
 トラはライオンやヒョウと同じネコ科の動物ですが、9種の亜種が存在しています。
 亜種とは何かというと、生物の分類をするとき、「界/門/綱/目/科/属/種」というように枝分かれさせて分類する、リンネが発明した方法があります。
 トラは動物界/脊索動物門/哺乳綱/食肉目/ネコ科/ヒョウ属のトラという種ですが、さらに棲息している地域によって多少違う特徴があり、それらを亜種という訳です。

 かつてトラは世界の非常に広い範囲に生息していました。それを表すのが「タイガー」という言葉です。
 これはラテン語でトラを「パンテラ・ティグリス」と命名していることに由来するのですが、これは世界四大文明の発祥地であるティグリス・ユーフラテス流域に関係する言葉で、かつては中東から東アジアを経由してシベリアまでの広大な地域に棲息していた証拠です。
 実際、100年前には世界に10万頭は棲息していたと推定されています。
 例えば、17世紀に明の皇帝が大規模なトラ狩りを行い、数日で60頭のトラを仕留めていますが、それほど多数棲息していたということです。
 ところが、ここ十数年で急速に減少し、1990年代には7000頭程度と推定されていましたが、昨年発表された数字では4000頭以下になってしまいました。

 しかも、9種類の亜種のうちバリトラ/カスピトラ/ジャワトラは50年ほど前に絶滅してしまい、アモイトラも絶滅したようです。アムールトラは400頭、スマトラトラは600頭、インドシナトラも600頭ほどしか生存しておらず、残るベンガルトラが2000頭とマレートラが500頭単位という数で、いずれも、近い将来、野生では絶滅する危険度が高いという絶滅危惧1Bに分類されていますし、スマトラトラはさらに絶滅が心配される1Aに格上げになっています。

 急速に減ってしまった理由は大きく2つありますが、どちらも人間が原因です。
 まずこの1万年間で人口が1000倍に増え、その圧力でトラの生息域の面積はわずか7%に減ってしまいました。
 そうなると人間と出会うことが多くなって、トラが人間を襲うことになり、危険な動物を駆除せよということで、短期間に数が減ったというわけです。
 19世紀の後半、インドでは毎年700人から1000人がトラに襲われて死ぬ一方、トラも毎年1400頭から2200頭が殺されていたという時代がありました。

 もう一つトラにとって不幸なことは、トラの身体のすべてが人間に役に立つということです。
 「虎は死して皮を残す」という言葉があるように、虎の皮は古くから珍重され、すでに『日本書紀』には、545年に膳臣巴提便(かしはでのおみはすい)が朝鮮半島でトラを退治し、その皮を日本に持ち帰ったという話が載っています。
 また『続日本紀』には、715年に六位以下の者がトラの皮を刀や馬の鞍の飾りに使用することを禁じたということが書かれていますから、朝鮮半島からトラの皮が相当数輸入されていたことが分かります。
 さらに15世紀の明からの使節がトラの皮を50張献上したという記録や、17世紀の朝鮮通信使は必ず贈物として持参したという記録がありますし、京都には植虎皮(うえとらかわ)という模造品を作る職人まで登場していたそうですから、大変に珍重されていたことが分かります。

 虎肉も薬として食べる食材として重宝がられ、1596年には徳川家康が公卿(くぎょう)に虎肉を贈ったという記録もあります。
 味はどうかが気になりますが、1771年に対馬藩士が朝鮮半島でトラを討ち取って食べた記録によると「虎の味、鶏の如し、至極宜物に御座候」という言葉も残っており、美味しかったのだと思います。
 皮を剥ぎ、肉を食べると残るのは骨ですが、これも貴重品で、すりつぶして薬草と混ぜた膏薬は有名で、年間12億円の売上があり、さらに中国では骨を長時間、酒に漬けた虎骨酒は現在でも人気があります。
 ハルピンでは1頭のトラの骨を、酒を満たしたガラスのケースに入れて、虎骨酒の製造を見せ物にしている店さえあります。

 このように肉や骨を利用するのは、美味しいとか、薬になるというだけではなく、最強の動物にあやかりたいという気持があります。
 1805年のトラファルガーの海戦で、イギリスのネルソン提督が戦死しますが、その遺体は腐敗を防ぐためにラム酒を満たした樽に入れて本国まで運ばれました。
 ところが、港に到着してみたら樽の中のラム酒は空になっていたのですが、水兵がネルソン提督にあやかりたいという気持で盗み飲みしたというわけで、虎骨酒も同じような背景です。

 今後、この問題をどのように解決していくのかが課題ですが、ひとつは保護区を拡大することです。インドでは2008年から5年間に150億円ほどの予算でトラの保護区を拡張することにしていますし、スマトラトラの繁殖地であるスマトラ島では、人間の生活している付近にいるトラを原生林に移す事業を今年から始める計画です。
 もうひとつはパンダのように、人工的に繁殖させることで、実際、中国では人間が利用する目的のトラの飼育場が何カ所かあり、合計すると5000頭ほどのトラが飼育されています。
 ただし、これらのトラは近親交配が多く、遺伝子資源として保全する価値は少ないとされています。

 今年は国連の「国際生物多様性年」となっており、その一環として、10月には名古屋市で「生物多様性条約第10回締約国会議」も開催されます。
 トラだけではなく、生物が絶滅して行くことは、最後は人間に跳ね返ってくる問題として考えるべきだと思います。





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