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論文

 先週、アンデスのピサックという村からお伝えしたときに、アンデス山脈の一帯は世界有数の遺伝資源の宝庫で、ソビエトの生物学者ヴァヴィロフ博士が提唱した「遺伝子の多様性中心説」によれば、世界7カ所の遺伝資源が豊富な「ヴァヴィロフセンター」の1カ所だという話を紹介させていただきました。

 その7カ所のうち1カ所は、中国から日本にかけての東アジアなので、日本も「ヴァヴィロフセンター」の一部に含まれているのです。
 それを示すのが生物の固有種、すなわち日本にしか棲息していない生物が多いということです。
 日本には61種類の両生類が棲息していますが、アカハライモリやオオサンショウウオを代表として74%に相当する45種類が日本の固有種です。
 そして植物は5565種類のうち、36%に相当する2003種類が日本にしか生育していない種類です。
 これは日本と同じ島国であるイギリスと比べると、はっきり分かります。イギリスでは両生類は7種類で固有種はゼロ、植物は1623種類で固有種は1%の16種類だけです。

 ところが日本でも食用となる野菜は農場で大量生産されるものや、外国から輸入されるものに押されて、地域固有の野菜が消えつつあります。
 そこで最近、全国各地で地域に古くから伝わる伝統的な野菜を復活させようという活動が盛んになってきました。

 例えば東京には江戸時代からの由緒ある「江戸野菜」とか「東京伝統野菜」といわれる作物があります。
 有名な野菜は「練馬大根」です。これは江戸時代から練馬で栽培されていた大根で、長さが70cmから1m、重さが1kgから2kgという大型の大根ですが、首と下部が細く、中央が太いという独特の形をしており、辛みが強いという特徴があります。
 ところが、その形のために、地中から引き抜くのが重労働ということで、栽培が敬遠され、生産が減っていました。
 そこで、20年ほど前から練馬区とJAが栽培を支援し、復活に努めています。
 「小松菜」も江戸野菜の代表です。最初は現在の江戸川区葛西で栽培されていたので「葛西菜」といわれていたのですが、下肥を運ぶ船を「葛西舟」と言っていたために、イメージが悪いということで、付近の小松川の名前を採って「小松菜」と改名したと言われています。

 「加賀野菜」も金沢市一帯で生産される伝統野菜で有名ですが、ここはJAが地域ブランドを取得し、戦前から金沢で生産していることと、需要に応じて供給できることを条件にして、良い品物にはシールを貼って出荷しているほど、伝統の維持に力を入れています。
 代表的な産品はサツマイモの一種である「五郎島(ごろうじま)金時」で焼き芋に適していますし、直径5cmから7cmにもなり、表面が滑らかな「加賀太ぎゅうり」はあんかけにして食べることが多いものです。
 また、おでんに適している「源助大根」はセブンイレブンのプライベートブランドのおでんに採用されて首都圏で販売され、普通の青首大根は1個70円ですが、「源助大根」は1個90円で販売され、伝統の威力を示しました。

 江戸、加賀と来れば、当然、京、浪速、大和にも伝統野菜はあります。
 「京野菜」で有名な名前は「賀茂なす」で、形に特徴があり、ほぼ完全な球形で、直径15cm、重さ1kgにもなる大型の茄子です。
 これは江戸時代に紀州から御所に献上された野菜ですが、水の良い上賀茂で栽培されるようになったものです。
 最近、品種改良したトマトほどの丸い茄子が「賀茂なす」という名前で売られているようですが、これは産地の人にとっては許せないことだそうです。

 「なにわ野菜」の代表は「勝間(こつま)なんきん」というカボチャです。現在は大阪市西成区の一部になっている勝間村(こつまむら)で生産され、小型で粘り気のカボチャですが、嵯峨美智子と藤山寛美が主演の映画『こつまなんきん』(1960)で有名になり、河内女を象徴する言葉になりました。

 「大和野菜」にも敬意を表して紹介したいとおもいますが、これは奈良県が認定した17種類の野菜しか名乗れないことになっていますので、奈良県のホームページに大和野菜の公式紹介ページがあるほどです。
 代表として「宇陀金ごぼう」があります。中国から薬草として輸入された牛蒡が宇陀市の山間で栽培されているのですが、この地の土壌に雲母が含まれているために、表面の土がキラキラと光ることから金の字が入り、縁起物として正月に珍重されています。

 このように見てくると、東京のスーパーマーケットでは並んでいない野菜が多く、日本は多様だということを実感しますが、それ以外に伝統野菜には重要な意味があります。
 丁度1年前の2月3日に金沢市で「伝統野菜サミット:伝統野菜が地球を救う!」というシンポジウムが開かれ、「江戸野菜」「加賀野菜」「京野菜」「庄内野菜」「能登野菜」などの推進者が集まりました。
 その趣旨は伝統の維持や遺伝資源の保存だけではなく、地産地消によってフードマイレージ、すなわち輸送距離を減らして環境問題の解決にも貢献しようということでした。
 カボチャを例にとると、冬の時期にはニュージーランド産のカボチャがスーパーマーケットに並んでいますが、地産地消のカボチャに比べると輸送エネルギーの関係で9倍以上も二酸化炭素を出します。
 同様に中国のホウレンソウと地産地消のホウレンソウでは40倍にもなります。
 伝統も、復活という視点だけではなく、環境問題との関係で眺めると興味深いものになると思います。





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