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論文

 今週月曜日の26日、新潟県の柏崎で開かれた「海の大花火大会」を見物に行ってきました。
 新潟県には、7月に開かれる「海の柏崎」、8月に開かれる「川の長岡」、9月に開かれる「山の片貝」という「越後三大花火」があり、その先陣を切った大会です。
 柏崎は海岸線がマラソンコースと同じ42.195kmあると宣伝していますが、そのおかげでいくつもの海水浴場があり、安全を維持するために柏崎ライフセービングクラブもあるという海の町ですが、その海を背景にした花火大会です。
 1時間40分の間に1万5000発の花火が海に突き出した突堤から打ち上げられ、最大は直径90cmある3尺玉が2発打ち上げられ、地上600mの高さで直径550mの花が広がる雄大なものでしたが、2時間近く桟敷に寝転んで見物している間に、いくつかの感想が思い浮かびました。

 第一は日本の花火の技術が次々と新しい技術を開発しているということです。
 日本で最初に花火が打ち上げられた記録は1560年頃のことですが、あまり広く行われることはありませんでした。
 花火が話題になるのは、1659年に鍵屋弥兵衛が大和から江戸に出てきて、日本橋横山町で花火の製造を始めてからです。
 そして有名な両国川開き大花火が始まるのは1733年のことです。
 歌川広重の「名所江戸百景・両国花火」などの浮世絵を見ると、隅田川に多数の川船が浮かんで、盛大な花火大会のようですが、実際は一晩に20発程度が打ち上げられ、色も赤橙色一色だけという、現在と比べれば意外に寂しい花火大会だったようです。
 花火の材料となる火薬は1534年にポルトガル船が種子島に漂着して鉄砲を持ち来んだときですが、それは硝石と硫黄と木炭を混合したもので、炭が燃えるときの赤橙色しか出なかったからです。

 この江戸時代の花火は「和火」と呼ばれているのですが、明治時代になり欧米から様々な薬剤が輸入され、「洋火」といわれる色とりどりの花火が開発されるようになりました。
 そうなると日本の職人魂に火が着き、歴史に名を残す名人の花火師が新しい花火を開発する競争となり、日本の花火技術は世界一になってきました。
 柏崎の花火大会でも、魚やハートの形に打ち上げる花火はもちろん、海に向かって斜め横に発射し、水上に着水した途端に水中から火花が上がるような花火、1分間に300発も集中して打ち上げ、タイミングがぴったり合う花火など、驚くような技が次々と披露されました。
 花火を専門に撮影しておられる泉谷玄作さんが最近出版された『日本の花火はなぜ世界一なのか?』(講談社+α新書)によると、現在の最先端は直径30cm、重さ9kgの10号玉が、330mの高さまで打ち上げられ、直径320mの花を開かせるのですが、光輝きはじめて消えるまで6・5秒で、その間に6回も色を変えるのだそうです。

 そのような技術の素晴らしさに驚くとともに、貧乏性の人間としては、上空で紙幣が燃え尽きているように見えてしまい、採算がとれるのかと心配になりました。
 今回見物した柏崎の「海の大花火大会」について調べてみると、1万5000発の花火を打ち上げて約5000万円の費用がかかっているそうです。 
 しかし、21万人と発表された見物客のうち、有料の桟敷で見物した人数は1割の2万人で、その桟敷の収入は4000万円程度で、大半は広大な砂浜に桟敷を設営するのに使われ、それほど収益はあがっていません。
 協賛金は意外に安く、直径170mに開く5号玉が1万3000円、直径240mに開く7号玉が2万7000円、直径320mに開く10号玉(1尺玉)が4万4000円程度で、すべてにスポンサーがついたとしても、平均2万円として3000万円程度ですから、採算も危ういということになります。

 そこで当然期待されるのは直接経済効果と経済波及効果です。
 今年は8月14日に開かれる「東京湾大華火祭」について、試算がありますので、ご紹介しますと、周囲の環境の関係で直径400mほどに広がる15号玉(1尺5寸玉)が最大ですが、合計1万2000発が打ち上げられます。
 しかし、流石に大東京で、始まった1988年には20万人程度でしたが、最近では70万人の見物客が集まります。
 人数が多いので、桟敷の用意にも交通の規制にも費用がかかり、1回の大会を開催するのに3億5000万円がかかりますが、ホテルの宿泊が増えるとか、屋形船は1年前から予約が一杯とか、飲食に相当の金が使われるということがあり、直接の収益だけでも21億円になります。
 さらに、飲食が増えれば、食品を生産している会社の売上が増え、現場に輸送する費用が増え、ホテルも臨時雇用が増えて賃金の支払いが増えるなどの産業連関表をもとに計算される経済波及効果が52億円と計算されています。

 この直接経済効果や経済波及効果が主催する団体にどれだけ戻ってくるかは難しい計算ですが、少なくとも毎年、花火大会が続いているということは経済的に成立するからだと考えれば、貧乏性の私が心配することはないということのようです。
 江戸時代の川柳にも「二、三両花火となってきえにけり」「一両が花火間もなき光かな」という句が残っており、貧乏性の人間はいつの時代にも居るということです。





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