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論文

 今年は異常気象で、酷暑のため熱中症や水遊びで亡くなられる方が多いなど、社会に様々な問題が発生していますが、食料にも影響が及んでいます。
 現在、ハマチやカンパチの養殖魚の値段が昨年の3割から5割も値上がりしていますが、これは九州沿岸で海水温が上昇して赤潮が発生し、8月中旬までに300万匹近い養殖魚が死滅した影響です。
 野菜も3月に東日本の太平洋側で気象観測史上最大の降水量を記録し、日照時間が平年の81%になったため、日照不足で野菜の生育が不調になり、ネギが前年の2倍、ホウレンソウやトマトが3割高、ナスやピーマンが4割増という状態でした。
 ところが8月になると、今度は猛暑で生育が不調になり、結果、ジャガイモが平年に比べて4割高、レタスやトマトが3割高、キャベツやナスが2割高と高騰していますし、9月に入っても主要な野菜は値段が上がったままと予測されています。
 品種改良や栽培技術が進んでも、やはり食料生産は気象条件に左右されるということだと思います。

 そこで注目されているのが植物工場です。
 これは建物内部で温度や湿度、日射量などを制御し、植物の生育状態を測定しながら、最適の環境を人工的に作って野菜を育てるという施設です。
 植物工場には、温室のように太陽光を利用しながら人工の光源で光を補いながら栽培する「太陽光利用型植物工場」と、窓のない閉鎖した空間の中で、蛍光灯やLEDによる人工の光を照射し、温度や湿度も厳密に管理して栽培する「完全人工光型植物工場」があります。

 このような植物工場の利点の第一は「4定」と言われるのですが、定められた時間に、定められた量を、安定した値段で、しかも品質も一定の野菜を提供できるということです。
 実際に、以前から人工環境で育成されている「モヤシ」や「カイワレ」は年間の価格がほとんど変化せず、安定した供給を行っています。
 第二の利点は、外部の環境に影響されないので、どのような場所でも生産できるし、冷夏、暖冬、台風などの影響を受けずに生産できることです。
 第三に、建物内部で栽培するため、害虫や病原菌の侵入を防ぐことができるので、農薬の散布が不要ですし、養液栽培のため土を使わないので、簡単に洗うだけで食べることができます。
 第四に、屋外での農作業に比べれば、楽な作業なので、高齢者でも作業ができ、また、仕事量が年間を通して一定なので、臨時の雇用に頼らなくても良いので、労働力の確保が容易だということも挙げられます。

 当然、問題もあり、最大の課題は初期費用と運営経費が嵩むということです。
 100平方メートルの完全人工型の植物工場を建設すると、3億円以上必要ですが、ビニールハウスの内部で養液栽培を行う場合には2000万円弱で済みますから、15倍以上の開きがあります。
 運営経費の主要なものは人工光で育てますから光熱費で、年間2000万円程度必要ですが、ビニールハウスでは40万円前後で育成できますから、これも50倍以上の差になります。
 連作障害がないので1年に10回以上の収穫が可能ですが、それでも露地物に対抗するには値段が課題です。
 それ以外にも、現状では植物工場で栽培できる品目が限られているという問題があり、農林水産省の調査によると、昨年11月の時点で、完全人工光型植物工場が34カ所、太陽光利用型植物工場が16カ所存在していますが、作物のほとんどがレタス、トマト、サラダ菜、ハーブに集中しています。

 しかし、植物工場の特徴を活かした施設も登場しています。
 屋外の農業よりも楽に仕事ができるという特徴を生かして、北海道の岩見沢市にある重度の障害者の授産施設クピドフェアは2003年に完全人工型植物工場を建設して、障害者5人を雇用し、リーフレタスを1日100kgから150kgを出荷しています。
 また千葉県松戸市に2006年に開店したグリーンフレーバー五香(ごこう)店は3階建てのアパートの1階を完全人工光型植物工場に改造し、水耕栽培でレタスなどを1日に300株ほど生産して、その場で店頭販売しており、究極の産地直送、地産地消を実現しています。

 さらに今年の7月6日、東京の丸ビルの地下一階のサンドイッチバー「サブウェイ」の「野菜ラボ丸ビル店」の中央に植物工場が置かれ、そこで収穫したレタスをサンドイッチに挟むという店産店消が登場しました。
 現状では1週間に100食分程度の収量しかありませんが、新しい動きです。一方、大規模な施設も登場しており、トマト・ケチャップなどを生産しているカゴメは2006年に北九州市に8万4000平方メートル、東京ドームの1・8倍面積をもつ日本最大の太陽光利用型の植物工場「響灘菜園」を建設し、150人が年間2000トンのトマトを生産していますが、これは個数にすると約1000万個、1日平均2万7000個ですから大変な量です。

 植物工場の第1号は1957年に、日照時間の短いデンマークで建設されたものが最初とされ、その後、オランダで園芸の目的で普及してきました。
 日本では1974年に日立中央研究保に在籍していた高辻正基博士が完全人工型植物工場の研究をはじめたのが最初です。
 そのように考えると、世界でも50年、日本では30年程度の歴史しかなく、まだまだ試行錯誤の段階で、現状では小規模な施設を含めても50カ所程度しか存在していない状態です。
 そのため、費用が高い、栽培品種が少ないなど、開発しなければならない課題は多数あります。
 それでも、異常気象、そして世界規模で食料不足が心配される時代に、一つの解決策かもしれません。





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