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論文

 先週末に科学技術分野の人々にとっては驚くようなニュースが発表されました。
 中国の国営新華社通信が発表した、人民解放軍の所管する国防科学技術大学が開発した「天河1号」というスーパーコンピュータが中国国内で最高の計算速度を達成したというニュースです。
 専門家は、この「天河1号」は世界でも最高速度になると予想しています。

 この記事の意味をご理解いただきために、最初にコンピュータの速度はどのように測定するかをご紹介しておきたいと思います。
 大きく2種類の測定方法があるのですが、ひとつはコンピュータが1秒間に何回の命令を処理することが出来るかを測定する方法です。
 コンピュータのプログラムは一つずつの命令をコンピュータに実行させるように書かれていますが、その処理速度を測定するもので、多くはMIPS、1秒間に100万個の命令を処理すると1MIPSとなる単位で計算します。
 もう一つはコンピュータが1秒間に何回の浮動小数点の計算ができるかを測定する方法です。
 浮動小数点というのは365という数字を3・65X10の2乗というように表現した数字ですが、その演算を1秒間に処理できる回数を測定するもので、FLOPSという単位で表現されます。

 スーパーコンピュータは一般にFLOPSで比較しますが、「天河1号」は2507兆FLOPS、すなわち、1秒間に2507兆回の計算が出来るということです。
 これがどのくらいの能力かというと、アメリカでスーパーコンピュータの順位を半年ごとに発表している「TOP500」という評価機関が、今年6月に発表した順位の1位はアメリカのクレイ社が開発した「ジャガー」でしたが、その速度が1759FLOPSですから、その1・43倍になります。
 その時点で日本の最高速度のスーパーコンピュータは、富士通が開発して日本原子力研究開発機構に納めた「BX900」で、191・4FLOPSですから、「天河1号」は13倍も高速ということになります。

 もちろん「天河1号」については、コンピュータの中核の部品であるプロセッサーがアメリカのインテル製であるとか、グラフィックアクセレレーターもアメリカのATI製であるという問題があります。
 また、実際に計算するときに最高速度の何%で作動するかという数字が、IBMがアメリカのオークリッジ国立研究所に納めている世界3位のロードランナーでは75・8%、同じくIBMがドイツの研究所に納めている世界5位のジュゲンでは82・3%であるのに、天河1号は46・7%にしか過ぎないので、使用時の実効速度はそれほどではないという意見もあります。

 しかし、中国がここまで到達し、日本より相当上位になったということは脅威です。
 何が脅威かをお話しする前に、日本のスーパーコンピュータの凋落ぶりをご紹介しておきたいと思います。
 スーパーコンピュータの順位を発表している「TOP500」の調査をもとに、日本の地位を調べてみますと、まず500位以内に何台が入っているかで大幅な下落です。
 1995年6月には日本製は500位の中に66台が入っており、アメリカに次いで2位でしたが、2000年には61台で3位、2005年には23台で4位、2010年6月には18台で6位と着実に下落してきました。
 最高の計算能力をもつ計算機では、2002年から2003年まではNECが開発した「地球シミュレータ」が、アメリカ以外の国のコンピュータで初めて世界最高になり、アメリカに衝撃を与えましたが、2005年には日本の最速のスーパーコンピュータは4位、2006年に7位、2007年に14位、2008年に16位、2009年と2010年は22位という低落状態です。

 この経緯には2002年に衝撃を受けたアメリカがスーパーコンピュータの開発に国費を投入して開発を進め、2004年に首位を奪還し、2005年には上位3位をアメリカが占有するという背景がありました。
 日本も「地球シミュレータ」が首位から転落して危機感をもち、2006年から国家プロジェクトとして1京FLOPS、すなわち今回の「天河1号」の4倍の速度の汎用京速計算機の開発を始めましたが、2009年5月に開発に参加していた日立製作所とNECが脱落、そして11月の事業仕分けで「2位では駄目なんですか?」発言に至ったということです。
 これまでの計算速度の伸びの傾向からすると、完成の目標年である2012年に1京FLOPSのコンピュータが完成しても2位になれるかさえ確かではありませんが「2位では駄目なんです」。

 まずスーパーコンピュータは、あらゆる科学分野の基礎となる道具で、地球温暖化などの長期の気候予測、地震の発生予測、自動車や航空機の設計、新薬開発や油田探査など、挙げれば際限がありませんが、科学も技術もスーパーコンピュータなしには成立しない時代になっています。
 そこで1の速度のスーパーコンピュータを使っている組織と、5の速度のスーパーコンピュータを使っている組織の研究や開発の効率を比較すれば、5倍までの差はつかないにしろ、何倍かの差ができてしまうことになります。
 それでは最速の機械を購入すれば良いではないかという意見がでてきますが、スーパーコンピュータは国家の機密に関する部分もあり、入手できない場合もあるし、当然、開発した国よりも時期遅れでしか購入できませんから、研究や開発も遅れかねません。
 そして、中国がインテルのプロセッサーを購入していることが象徴するように、スーパーコンピュータは国の産業の総力を結集する技術成果ですから、その自国開発を停止すれば、裾野の産業にまで影響するということになります。
 今回の衝撃的なニュースは様々な面で安全保障の意識が薄い日本に格好の警告となったと思います。





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