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論文

 アメリカ航空宇宙局(NASA)が11月末に「地球外生命体の形跡についての研究に影響を及ぼす重大な発見」について発表するという予告をしました、
 多くの関心を持つ人々が「捕獲した宇宙人を公表する」とか、「土星の衛星のタイタンに生命体を発見した」とか、さらには「宇宙人についての極秘情報がウイキリークスで暴露されそうになったので先行して発表する」などと憶測を逞しくして期待していました。
 NASAの本部のある首都ワシントンの現地時間で12月2日の午後2時に発表がおこなわれ、日本では3日の午前4時という未明にもかかわらず「ニコニコ動画」や「ユーストリーム」などが生中継して、10万人近い人々が視聴するという騒ぎでした。
 一般の人々の関心からすれば、大山鳴動ネズミ一匹という内容で、「砒素を摂取するバクテリアを、カリフォルニア州にある「モノ湖」という海水の3倍も塩分濃度の高い塩水でできた湖で発見した」という発表で、肩すかしをくわされたという印象でした。

 しかし、これは生命の研究にとってはきわめて重要な発見です。
 これまで地球の生命体を構成する主要な元素は多量元素と呼ばれ、水素、酸素、炭素、窒素、硫黄、リンの6種類とされてきました。
 人間の身体では、水素が60・3%、酸素が25・5%、炭素が10・5%、窒素が2・4%、リンが0・1%、硫黄が0・1%で、合計すると98・9%を占めています。
 また地球上の多くの生物は「アデノシン三リン酸(ATP)」という物質をエネルギー源としていますが、これは「C10H16N5O13P3」という化学式をもつ物質で、リンが重要な役割をしています。
 さらに生命の遺伝子を伝達するDNA(デオキシリボ核酸)はリン酸を含んでいるので、リンを持たない生物は存在しないと考えられてきました。
 ところが今回、NASAが発見したバクテリアはリンの代わりに砒素を摂取して生命を維持している生物で、研究室のリンの存在しない培養器の中で砒素だけを与えておいても増殖することが確認されたということです。
 そして放射性トレーサーを使って砒素の移動を追跡すると、DNAまで到達して、完全にリンと置き換わっていることも明らかにされています。

 1998年に和歌山市で発生した毒入カレー事件で、カレーに亜ヒ酸が混入されていたことからも分かるように、砒素は生物にとっては毒物であり、現在でも砒素化合物は「毒物及び劇物取締法」によって厳しく管理されている物質です。
 そのような元素を取り込んで繁殖する生物の存在も驚くべきことですが、砒素は元素の周期律表ではリンのすぐ下の同じ列に位置しており、化学反応を行う電子の数がリンと同じなので、性質には似たところがありますが、一般に分子量の多い元素でDNAが構成されると不安定になるとも予想されていましたので、それも覆ったことになります。

 人間は「ET」に強い関心をもち、それが存在している星を探すことに努力してきましたが、地球の生命体が水素60%、酸素25%で出来ているので、表面に液体
の水(H2O)が存在する星を対象としてきました。
 NASAをはじめ、世界の研究機関が火星の表面に川の痕跡を探したり、地下に氷った水の存在を探したりしているのは、その一部ですし、木星の衛星であるエウロパや土星の衛星であるタイタンも、その可能性が期待されています。
 また、地球から20・4光年の彼方にある恒星「グリーゼ581」の惑星の1つ「グリーゼ581c」は表面の温度が0℃から40℃の範囲であり、液体の水があると期待されています。
 特に今年の10月には、この星から規則正しい光信号が発信されているという記事が「デイリーメール」に掲載され、一部では騒ぎになりましたが、結局は間違った情報で一件落着という事件もありました。
 しかし、今回の発見のように、従来とは組成の違う生命体の可能性が登場すると、この探索対象も変更の必要があるかも知れません。

 もうひとつ大きな影響は生命体とは何かという定義の問題です。
 これについて確定した定義はありませんが、最大公約数では
  1)自身と周囲の環境を区分する細胞膜をもつ細胞で構成されている
  2)外部の物質を取り込んで内部で代謝し、自己を維持する機能をもつ
  3)自分を複製して増殖できる
 とされていますが、それ以外に
  4)周囲の環境に適応して変化できる
  5)進化できる
 などを挙げる学者もいます。さらに
  6)電子回路が知性や自我を持つ場合はどうか?
  7)細胞膜をもたず境界があいまいな液体や気体が生命体となることはないか?
 などの疑問も提示されています。

 このような考えは、これまでも空想科学小説の格好の材料になって名作が書かれています。
 例えば、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』(1968)に登場するコンピュータ「HAL」は、知性はもちろんですが、自我を持ちつつあり、生命体かどうか微妙な位置にあるコンピュータで、原作者のアーサー・クラークが生命とは何かを訴えた存在でした。
 また、戦前から戦後にかけて活躍したアメリカのSF黄金時代の作家ヴァン・ヴォークトの小説『宇宙船ビーグル号の冒険』(1950)には、宇宙空間の中でテレパシー通信をしながら集団が一体となって活動する生命体「リーム」や、ひとつの銀河系を抱え込むほど巨大な気体が生命となっている「アナビス」など地球の生物とはまったく異質な生命体が登場します。
 これらは空想だったわけですが、今回の発見は改めて生命とは何かということを考え直す契機となり、宇宙人の公開ではありませんでしたが、なかなかの重要な話題だっと思います。





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