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論文

 今回の福島原子力発電所の事故については、3月13日に東京電力の清水正孝社長が会見で使われた「想定を大きく超える津波であった」という説明を代表として、想定外とか、想定以上という言葉が何度も使われています。
 それは事実としても、問題は、その想定が適切であったかということです。
 東京電力が計画し、原子力安全・保安院も了解していた想定は、地震のマグニチュードが7・9、津波の高さが5・4mでした。
 ところが、今回の地震はマグニチュードが9・0、津波の高さは約14mでした。
 マグニチュードで表されるエネルギーは常用対数で計算しますので、9・0は7・9の約45倍のエネルギーの地震で、津波の高さは14mを5・4mで割ると2・6倍になります。
 したがって、相当に想定以上であったことは確かです。

 この想定は何を基準にして決められたかということですが、1938年に発生した塩屋埼(しおやさき)沖地震の数値です。
 塩屋埼というのは、福島第一原子力発電所から南に56km、福島第二原子力発電所から南に42kmにある太平洋に面した岬で、そこにある塩谷埼灯台は1957年に上映された木下恵介監督の「喜びも悲しみも幾歳月」で有名になった灯台です。
 この岬の名前のついた塩屋埼沖地震のマグニチュードが7・9で、知られているなかでは最大なので、それを基準にしたという訳です。

 ところが、この想定に対し、2年前に専門家から疑問が出されていました。
 平成21(2009)年6月24日に「総合資源エネルギー調査会/原子力安全・保安部会」の「耐震・構造設計小委員会」の「地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループ」という長い名前の会議が開かれています。
 この議事録を入手して読んでみたところ、原子力安全・保安院と東京電力の担当者の説明のあと、質疑に入るのですが、独立行政法人産業技術総合研究所の活断層・地震研究センターの岡本委員が「塩谷埼沖地震を考慮されているのですが、貞観(じょうがん)の津波と言うか、貞観の地震と言うものがあって、津波に関しては塩屋埼沖地震とはまったく比べ物にならない非常にでかいものが来ているということは分かっていて、その調査結果も出ていると思いますが、それにまったく触れられていないのはどうしてかということをお聞きしたい」と発言しておられます。

 それに対して何回かやり取りがあり、結局、原子力安全・保安院の担当者が引き取って、検討するということになるのですが、結果として、十分には対応できなかったということになってしまったわけです。
 この議論に出てくる「貞観地震」と言うのは、平安時代の延喜元(901)年に完成した『日本三代実録』という官製の歴史書に記載されている地震ですが、西暦にすると869年7月9日に陸奥の国に大地震が発生し、津波によって1000名以上が溺死したと記載されています。
 1000名程度とは少ないようですが、当時の三陸海岸にはそれほど人が住んでいなかったと想像されますから、相当な被害です。
 そして「調査結果も出ている」という発言の意味は、貞観地震と貞観津波の規模や被害の推定が発表されているということです。

 1990年頃から貞観地震による津波の影響の研究成果が発表されはじめていますが、例えば、2001年に東北大学のチームが仙台平野の地層の堆積物を調べ、仙台平野には最大で高さ9mの津波が7〜8分間隔で何回も到達し、福島第一原子力発電所から北へ40kmほどの相馬市の海岸には、それ以上の津波が襲来しているということを発表しておられ、それらの結果から、貞観地震の規模はマグニチュード8・4という推定もされています。
 これでも福島原子力発電所の想定の約8倍の威力です。
 また質問した岡本委員も参加した産業技術総合研究所や建築研究所の研究チームも、今回、大きな被害を受けた宮城県の亘理町や山元町の地層の堆積物を調べ、その地域では海岸線から3〜4km内陸まで津波が押し寄せてきたという結果を2006年に発表しています。

 実は、明治三陸津波のときは、岩手県の大船渡市では高さ38m以上の津波が襲来したのに、宮城県の仙台平野は5mであり、昭和三陸津波のときも大船渡市の28mに対し、石巻市は0・1m程度であったため、牡鹿半島までのリアス式海岸は大きな津波が襲来するが、それより南側の平地の海岸は津波の影響が少ないと考えられてきた傾向があります。
 そのため、牡鹿半島の付根に建設された女川原子力発電所は高さ9・1mの津波を想定していたため被害が軽微であったのに対し、福島原子力発電所は5・4mを想定して甚大な被害になったという結果になりました。

 実は、産業技術総合研究所の研究結果は政府の地震調査研究推進本部の「海溝型地震の長期評価」に反映され、この4月に公表される予定でしたが、その前に地震が発生してしまいました。
 この内容は関係ある自治体には説明されていましたが、「それほど長期の地震に対策を検討しても仕方がない」という反応が多かったそうです。
 もちろん、想定を巨大にすれば被害はある程度防げますが、電力料金にも防災対策費用にも跳ね返ってきますから、どこかに線引きが必要です。
 しかし、今回のような状態になると、被害は数十兆円にもなりますから、多少は電力料金が高価でも対策が必要だったかも知れません。
 現在ではライフサイクルコストという考え方が登場し、ある施設が建設され寿命を終えて廃棄処理されるまでの費用で対策を検討するようになっています。
 今回、まだ安定するまでの見通しが立っていませんが、ライフサイクルコストが重要だということを改めて認識するべきだと思います。





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