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論文

 今週、一部の新聞に「ネガワット」取引という言葉が登場し、この言葉を初めて知ったという方も多かったのではないかと思います。
 経済産業省が来年の夏を目指して導入しようと検討している制度です。
 どのような仕組かというと、電力の不足が予想される日に、電力会社が前もって必要な削減量を、買い取り価格を提示して購入することを発表し、公募します。
 事前に参加を登録している企業など大口需要家は、どれだけ節電できるかを申告し、その節電した電力は日本卸電力取引所などで売買され、企業の電気料金の支払が減るという形で還元されます。
 各社から申告された節電量の合計が目標の削減量に到達しなければ、電力会社は公募価格を引き上げて、参加する企業や節電される電力量を増やすようにして、目標に到達するようにするということです。
 この節約された電力をネガワットというわけですが、これは日本で発明された制度ではなく、すでに20年以上前から検討され、実際にヨーロッパやアメリカでは運用されているし、日本でも部分的に実現している制度です。
 そこで最初にネガワットという概念が登場した経緯からご紹介したいと思います。

 ネガワットという言葉は、想像できると思いますが、ネガティブな電力という意味です。
 発電所で作られる電力をポジティブな電力とすれば、消費する立場の企業や家庭が消費を減らせば、発電所の運転を下げることができますから、電力を創り出したことに匹敵し、これをネガワットと命名したということです。

 1990年に、ドイツの電力会社の代表とアメリカのエイモリー・ロビンスやデンマークのヨハン・ノルゴーなどの環境学者がミュンヘンで会議をし、そこで生まれた発想です。
 ロビンスは1977年に『ソフトエネルギーパス』という衝撃的な本を出版し、原子力発電や火力発電など既存の発電技術で需要に見合うだけの電力を供給する仕組を「ハードエネルギーパス」と名付け、太陽発電や風力発電など自然エネルギーで発電能力を増加させるとともに、節約技術の大幅な導入で需要を減らしていけば、十分に需給のバランスを取ることができるという「ソフトエネルギーパス」を提唱した学者です。

 この発想を背景に、ドイツの電力会社の専門家とドイツのヴッパータールにある「ヴッパータール環境研究所」が4年間に亘って、電力の節約だけで社会が維持できるか、電力会社の経営は成り立つかを研究し、考え出されたのが「ネガワット」でした。
 このヴッパータール環境研究所は、環境問題解決の独特のアイディアを数多く提案している組織です。
 例えば、同じ効果を発揮する技術を半分のエネルギーで可能にすれば「ファクター2」、4分の1で可能にすれば「ファクター4」と定義し、持続可能な社会を実現するためには「ファクター10」以上が必要であるという提言をしています。
 最近、話題になっているLED電球は白熱電球の20分の1の電力消費で同じ明るさを得られますからファクター20というわけで、家庭電化製品のメーカーなどは、このファクターの値を開発目標に置くようになっています。

 「エコロジカルリュックサック」という概念も、この研究所から提言されています。
 ボーキサイトの原石からアルミニウムを精製すると、85トンのボーキサイトから1トンのアルミニウムしか得られません。
 これをアルミニウムが背中に背負っているリュックサックというわけです。
 しかし、アルミ缶を回収してアルミニウムに戻すと、3・5トンから1トンのアルミニウムが得られ、リュックサックの重さが24分の1になるので、リサイクルが重要だというわけです。

 本題に戻って「ネガワット」ですが、これは「節電所」、発電所が発電をするのに対し、節電をする場所とも呼ばれています。
 実際にヨーロッパやアメリカの一部では、家庭の電力メーターでリアルタイムに電力の需要と供給の関係を見ることができるスマートメーターが普及し、需給関係が逼迫してきたと判断すれば、各家庭が努力して節電をし、それに応じて電気料金が下がるという恩恵があるという社会が実現しています。
 さらに進んだ地域では、電力会社が各家庭の使用状況をモニターし、需給が逼迫してくると電気冷蔵庫のように一時的に通電しなくても影響の少ない器具の通電を停止するということも行われています。
 これによって家庭は電気料金が下がりますし、電力会社は巨額の投資をして発電所や送電網を建設するよりは、安価な方法で必要な電力を供給することができ、社会全体としてはエネルギー消費や二酸化炭素の発生を抑えるという一石三鳥の効果が期待できます。

 ところが、日本では、今回の震災を契機に議論が高まってきた電力会社の地域独占と、電力料金はかかった費用に一定の利益を上乗せして決定するという仕組があるために、電力会社はそれほど意欲がなく、需給の実態が明らかになってしまうスマートメーターもほとんど設置されていません。
 ネガワットが20年前に議論されたときのキーワードは「リーストコストプランニング(LCP)」と「デマンドサイドマネージメント(DSM)」でした。
 すなわち同じサービスを最小の価格で提供するという方針と、需給は消費者側の主導権で決めるという方針でした。

 しかし、現在の日本の電力供給は「プロポーショナルコストプランニング(PCP)」と「サプライサイドマネージメント(SSM)」、すなわち原価に比例して価格が決まり、供給側が主導権を持って仕切るという制度です。
 もちろん電力を取引の対象にするということは、二酸化炭素取引のように投機の対象になる危険がないわけでもありませんし、デマンドサイドマネージメントにすれば、安定供給が可能かという不安がないわけでもありません。
 しかし、今回の原子力発電所の事故によって問題が噴出してきた電力会社の地域独占を再考する契機になれば、ネガワット取引の仕組を検討する価値はあると思います。





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