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論文

 日本ではほとんど報道されなかったようですが、7月の後半に、ブータン王国の国家目標であるGNH(グロス・ナショナル・ハピネス)、国民総幸福量とでも訳すべき概念を、国際連合が世界の長期目標として検討するというニュースがありました。
 丁度、その時期にブータンを訪問し、総理大臣以下、何人かの大臣に面談してきましたので、ブータンの最新事情をご紹介したいと思います。

 ブータン王国はヒマラヤ山脈の南側の斜面の標高200mくらいから7000m以上にまたがった国土で、ネパールの東側、インドのアッサム州の北側にあります。
 面積は九州の1・3倍程度、人口は約70万人という小国です。
 日本からは、バンコクでブータン国営のドゥク航空に乗り換え、標高2300mの高地の都市パロにあるブータン唯一の空港に到着します。
 このような僻地にあり、しかも人口70万人で、一人あたり所得は日本の20分の1という小国の国家目標が世界の長期戦略として議論されるということは画期的なことだと思います。

 GNHという考えは、すでに35年前の1976年にブータンのジグミ・シンゲ・ワンチュク前国王が、わずか20歳のときに「ブータンにとってGNHはGNPよりも重要である」と発言をしたことに端を発しています。
 国家がなすべきことは経済の発展ではなく、国民の幸福な生活を実現することだという意味ですが、当時の世界は石油危機から立直るのに必死の時期でしたから、ほとんど注目されませんでした。
 しかし、最近になり、フランスがGNP以外の国家目標を研究するとか、日本の地方自治体がGRH(グロス・リージョナル・ハピネス)を地域の目標にするようになり、ようやく真意が世界に認められ、今回の国際連合による検討になった訳で、時代がブータンに追いついてきたという状態です。

 何人かの大臣に伺ったことを参考に、ブータンの状況をご紹介したいのですが、ブータンでは伝統文化の維持の一環として、官庁を訪問する者は、男性は「ゴ」、女性は「キラ」という伝統の衣服を着用し、さらに「カムニ」という肩掛けを付ける必要があります。
 そこで早速、日本の丹前のような「ゴ」を買ったのですが、大臣に出会ったときは、右足を一歩出しながら「カムニ」を外し、左足を出しながら、手が床に着くまで深々とお辞儀をする必要があるというので、何度も練習をして首相官邸に伺いました。
 応接室の入口で、緊張して挨拶の順番を頭の中で反芻しているところへ、腰に短剣を付け、橙色の「カムニ」をまとった大臣が部屋の中に入って来られたので、「カムニ」を外して挨拶しようともたもたしていたら、いきなり「ナイストゥーシーユー」と握手されてしまい、結局、伝統の挨拶はなしで、面談に入りました。

 ブータンはほんの数十年前までは鎖国に近い状態で、現在でも外国人は事前に滞在日数を申請し、入国しても自由に旅行できず、いつも案内人が付いて移動しなければならず、寺院などは外国人の参観を禁止しています。
 このような鎖国状態を緩和しながら、新しい国家を築いていこうという時期なので、日本でいえば、江戸末期から明治初期にあたる時期に相当し、いずれの大臣からも国家の将来を真剣に考えているという気概がひしひしと伝わってくるという状態でした。
 そのような発展を目指している国家ですが、日本が明治時代に苦労したのと同じような問題を抱えています。

 第一の問題は経済の自立です。国民の90%近くが農業に従事していますが、食糧自給率でさえ70%程度で、燃料や工業製品は、ほとんど輸入していますから、外貨が必要です。
 その最大の収入はヒマラヤ山脈から流れてくる急流で発電する電力をインドに売って稼ぐ資金で国家の歳入の45%近くになります。

 第二が日本やインドからの援助で、20%近くになります。
 日本の援助額は単独では5位ですが、アジア開発銀行や世界銀行からの援助の大半は日本の拠出金ですから、実質は日本がもっともブータンに援助している国であり、滞在中にもJICAが新たに5本の橋の架け替えを援助するということが決定されました。

 第三が観光で、歳入の5%近くになります。この拡大には熱心で、かつてはチベット問題の関係で中国人は入国させなかったのですが、現在は開放し、今回も観光地に行くと中国人が目立っていました。

 第二の問題は1999年にテレビジョン放送とインターネットを解禁したことです。
 テレビジョンは契約すれば衛星や有線で数十チャンネルを視ることができますし、首都のティンプーの市内には、すでにインターネットカフェまでが登場しています。
 しかし、この情報解禁の結果、地方の農村から首都に人口が急速に集中し、首都の周辺の丘陵地帯は集合住宅の建設ラッシュですし、道路は通勤時間には大渋滞という状態です。
 また、もっとも東端のインドとチベットの国境に近い田舎まで行きましたが、11軒しかない集落では、若者が次々と都会に移り、4軒が空家になり、残りも高齢者が多いという限界集落問題も発生していました。

 しかし、ブータンにとって最大の問題は、南はインド、北は中国という大国に挟まれていることです。
 実際、ブータンと頻繁に行き来があったチベットは1959年に中国に併合され、隣国であったシッキム王国は1975年にインドに併合されていますから、深刻な状況です。
 最近、日本と同じように、中国がブータンの森林を購入しているという情報もあり、この両大国の圧力をかわしながら独立を維持することが国家の重要な課題です。
 このような問題を抱えてはいますが、世界の最後の秘境といってもいいような国で、ぜひGNHという新しい国家目標によって世界が注目する国を発展させてほしいと思います。





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