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論文

 台風12号による人的被害は亡くなられた方と行方不明の方を含めると、全国で100名近くになる大変な事態になりました。
 最大の原因は台風の進行速度が遅かったために降雨量が多く、各地で河川の氾濫と土砂崩れが発生したことですが、その降雨量は、三重、奈良、和歌山の3県にある50カ所の観測地点のうち半分に相当する26カ所で72時間雨量が観測史上最高になったほどです。
 もともと紀伊半島南部は日本有数の豪雨地帯で、今回、被害が甚大であった地域の背後にある大台ケ原の降雨量は年間5000mmほどですが、その中腹にある奈良県上北山村では72時間雨量が1652mm、三重県大台町では1519mmでしたから、年間雨量の3分の1近くが3日間で降ったことになります。
 これがどのくらい凄い雨量かというと、東京の平均年間降水量が1500mm程度ですから、東京の1年分が3日間で降ったという凄さです。

 そして被害を大きくしたのが、深層崩壊といわれる土砂崩れです。
 普通の土砂崩れは堅固な地盤の上部にある土砂が滑り落ちるのですが、深層崩壊は、その堅固と思われている地盤から崩れ落ちる現象です。
 それは紀伊半島の中央部分を東西に中央構造線といわれる断層が走っているために地盤が脆く、そもそも深層崩壊が発生しやすい場所であり、そこに記録的豪雨が降ったために、何カ所も大規模な土砂崩れが発生したということです。
 この深層崩壊については新聞などでも報道されていますが、それほど報道されていない原因は森林が荒廃していることではないかと思います。
 森林の荒廃の主な原因は木材の値段が安くなって森林を手入れするのが困難になっていることと、ニホンジカが急速に増えていて、植物や低木を食い荒らしていることです。

 大台ケ原の東側にある大紀町の林業家の家に1年に1回ほどお邪魔していますが、早朝や夕方になると家の回りにシカが出没するほど増えています。
 大台ケ原の調査では平方キロメートルあたり27頭のニホンジカが棲息しているそうですが、標準的な状態では5頭程度ですから、5倍になっていることになります。
 大台ケ原には2度登山をしたことがありますが、シカを何度も見掛けましたし、山頂付近の森林はかなり荒れている様子でした。
 シカと森林の荒廃の関係は明確ではない部分もありますが、森林が健全でなければ保水力が落ちて、急激な増水の可能性もあることになります。

 シカと森林と自然災害の関係については、各地で専門家が調査されていますので、今日はシカが増えていることについて考えてみたいと思います。
 例えば、東京都の水源林になっている奥多摩町の山間部では、シカの推定生息数が、1993年には386頭でしたが、2002年には2560頭と10年間で6倍になり、2005年には3000頭を超えています。
 そのために1995年頃に植えた3万2000本のスギやヒノキの苗木はほとんど食べられてしまっています。

 長野県の霧ヶ峰では自然保護センターの研究者が道路沿いに出てくるシカの頭数を調査した結果がありますが、2004年から2006年くらいまでは1日に20頭前後でしたが、2007年には平均40頭、2009年には平均60頭になり、100頭を超える日もあるようになっています。
 その結果、高山植物が食い荒らされたり、湿原が踏み荒らされたりという状態が出現しています。

 そのような自然環境の被害だけではなく、農作物の被害も増えており、農林水産省の2008年の調査によると、動物による農作物の被害ではシカによるものが一番多く58億円で全体の40%にもなっています。
 しかも、前の年と比べると、イノシシ、クマ、サルによる被害は横ばいであるのに、シカによる被害だけが1・9倍に増えています。

 シカが急速に増えてきた原因はいくつか考えられます。
 まず、温暖化が進んで積雪が減り、棲息できる範囲が広がり、しかもエサの少ない冬でも餓死する機会が減ってきたことが挙げられます。
 また、狩猟する人が減り、残った人も高齢になり、捕獲される頭数が減っていることも大きな要因です。
 さらに、山村の限界集落が次々と無人になり、動物が棲息できる土地が増えているという説もあります。
 最後に大きな要因がシカの天敵であるオオカミの絶滅です。
 大台ケ原はニホンオオカミが最後まで棲息していた場所で、現在でも棲息しているという信念で探している人も居ますが、一般には1905年に絶滅したとされています。

 オオカミという天敵がいなくなり、その結果、シカが増えて生態系が崩れてきたということです。
 それでは、もう一度、オオカミを放したらどうかということで、アメリカでは、1926年にオオカミが絶滅したイエローストーン国立公園一帯で、1995年にカナダのハイイロオオカミを60頭ほど放したところ、増えすぎていたアメリカアカシカが適正な頭数になり、ビーバーが増えるなど一帯の生物多様性が増大したという報告があります。
 日本でも九州や北海道でハイイロオオカミを導入しようという構想がありますが、法律で禁止されていることと、家畜や人間を襲う心配もあり、積極的な動きにはなっていません。
 今回の台風の影響で多発した洪水や土砂崩れが、シカの増大と関係があるのかどうかはわかりませんが、自然の秩序の一部を人間が崩すと、様々な問題が発生するということは考えるべきだと思います。





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