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論文

 先週末の13日にスタンダード・プアーズという会社がユーロ圏に属する9カ国の長期国債の格付を一気に下げたというニュースがありました。
 イタリア、スペイン、キプロス、ポルトガルが2段階下げられ、フランス、オーストリア、スロベニア、スロバキア、マルタが1段階下げられました。
 格付会社は民間企業ですが、民間会社の評価が変更されるだけで、ユーロ圏だけではなく、世界の経済が大きく左右されるということになります。

 そこで今日は、格付と格付会社とは何かについて御紹介したいと思います。
 普通、格付会社というと、今回の「スタンダード・アンド・プアーズ」と、もう一社「ムーディーズ・インベスターズ・サービス」、通称「ムーディーズ」の名前が挙げられます。
 世界規模の格付会社は20社近くありますが、この2社に「フィッチ・レーティングス」、通称「フィッチ」を加えた3社が世界の三大格付会社とされています。

 「スタンダード・アンド・プアーズ」は1906年に情報提供会社として発足し、1916年から格付を始めた「スタンダード・スタティスティックス・ビューロー」と1860年にヘンリー・バーナム・プアーが設立して投資案内書を発行していた「プアーズ・パブリッシング」が1941年に合併した会社です。
 「ムーディーズ」はジョン・ムーディーが1909年に設立した投資情報提供会社であり、いずれも創業者の名前が会社の名前になっているわけです。
 この2社の格付は100年以上の歴史があり、フィッチも1922年から格付を始め、90年の歴史があります。
 3社とも本所はニューヨークにあるアメリカの会社ですが、なぜヨーロッパではなくてアメリカにあるのかについては理由があります。

 それは鉄道に関係します。
 世界で最初の本格的な鉄道が建設されたのは、1825年にイギリスのストックトンとダーリントンの間の約40kmに敷設された鉄道ですが、アメリカでも、すでに翌年にボストンに鉄道が建設されています。
 そしてアメリカ大陸の東西を結ぶ大陸横断鉄道が開通するのが1869年5月10日、日本でいえば明治2年のことです。
 それ以後、鉄道は急速な勢いで路線網を拡張していきますが、当時の鉄道は危険な事業で、沿線住民との紛争、自然災害による被害、西部劇の映画に出てくる列車強盗などが頻繁に発生していました。
 そのため鉄道事業に投資する銀行はほとんどない状況で、鉄道会社は仕方なく、金利の高い社債を発行して一般投資家から資金を調達しようとしました。

 ところが、そのようなリスクの高い事業であるうえに、当時のアメリカでは企業の情報公開も十分ではなく、一般投資家としても、どの鉄道会社の社債が安全かを判断できない状況でした。
 そこで登場したのがジョン・ムーディーズで、公開されていない企業情報を調べて、投資リスクを何段階に分けて情報として販売しはじめたのが格付会社の出発だったのです。
 そして1929年にニューヨーク株式市場の暴落から世界大恐慌が発生し、多数の企業の株券が紙屑になりますが、ムーディーズとS&Pが投資にはリスクがあると評価した企業はほぼ100%倒産し、投資しても大丈夫と評価した企業の多くが生残ったので、俄然、注目されるようになりました。

 格付は、当初は企業を対象にしていましたが、新たに「ソブリン格付」が加わりました。
 ソブリンというのは、国や地方自治体などの政府や世界銀行、アジア開発銀行などの国際金融機関の発行する債券で、今回の9カ国の長期国債の格付はこれに相当します。
 両社とも25段階の格付をおこなっていますが、最上位のトリプルAから10段階までは投資適格、それ以下は投機的と大きく分けられ、投機的と評価された国債はリスクがあるので、機関投資家はそのような国債を購入しませんし、購入していれば売却するのが普通です。
 そこで購入してもらうためには金利を上げざるを得なくなり、国債費といわれる国家財政に占める利払いの比率が上がり、ますます財政が逼迫するという悪循環に陥りますから、国家としても格付には敏感にならざるを得ません。
 一民間企業の評価ということですが、機関投資家も個人投資家も両者の評価を参考にして投資対象を決定しますから、その影響力は絶大です。
 格付が変更になることが放送のニュース番組の最初に報道され、新聞の一面の右上の記事になるのは当然というわけです。

 問題は格付が適切かどうかということです。
 2002年4月にS&Pが日本政府発行の国債の格付を上から3番目の「AA」から4番目の「AA−」に、同じく5月にムーディーズが4番目の「Aa3」から一気に6番目の「A2」に格下げしました。
 これは先進国では最低の格付だったのですが、それより上の「A1」にアフリカのボツワナの国債が格付されていたので、日本では話題になりました。
 日本はボツワナに資金協力をしていますし、国債とは関係ありませんが、ボツワナはエイズ感染率が世界一の国ですから、その国の国債以下とは何事かと、当時の塩川財務大臣が抗議をしましたが、ムーディーズは妥当だと反論してきた事件がありました。
 当時、日本の2社の格付会社は、どちらも日本の国債の格付を最高の「AAA」にしていましたから、政策的な意味があるにしろ国際的には大きくずれていました。
 1997年11月に山一証券が創業100年目に倒産しましたが、それにはムーディーズが山一証券の格付を一気に3段階下げ、さらに一段下げることを検討していると発表したことがとどめを刺したと言われていますが、格付はそれほどの威力があり、今回のユーロ圏9カ国の国債の格下げに世界が恐怖を抱いているのも十分に理由があるのです。





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