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論文

 本日は「明後日は何の日」になりますが、1月28日は「古事記」が完成して第43代の元明天皇に献上された記念日です。
 しかも献上された年は和銅5(712)年とされていますから、今年は1300年目にあたり、関係する各地で記念行事が開催されます。
 例えば、29日(日)には「古事記」に書かれている内容に関係のある奈良県、鳥取県、島根県、宮崎県の知事などが参加し、漫画家の里中満智子さんの基調講演もある「古事記完成1300年記念シンポジウム」が東京で開催されます。
 そこで、今日は「古事記」の謎についてご紹介したいと思います。

 「古事記」は日本最古の歴史書とされていますが、実は、それより100年近く前の推古28(620)年に、聖徳太子と蘇我馬子が編纂した「天皇紀(すめらみことのふみ)」と「国紀(くにつふみ)」という歴史書が存在していたとされています。
 残念なことに、皇極4(645)年に中大兄皇子(後の第38代天智天皇)と中臣鎌子(なかとみのかまこ)(後の藤原鎌足(ふじわらのかまたり))が宮中でクーデターを起こし、蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺して大化の改新をおこなう「乙巳之変(いっしのへん)」のときに、自害した入鹿の父親の蘇我蝦夷(そがのえみし)が燃やしてしまったために「古事記」が最古の歴史書として残っているというわけです。
 この「古事記」の成立の経緯は太朝臣安万侶(おおのあそみやすまろ)の書いた序文に書かれています。
 すべて漢字を使って書かれた日本語なので、大意を現代風に訳しますと
「第40代の天武天皇(在位673−686年)が、自分が聞くところによると、各氏族の家に伝わっている天皇家の歴史や神話は、真実と異なっており、偽りが多いとのことである。いま誤りを改めなければ、幾年もしないうちに本旨が消えてしまう。天皇家の歴史や神話は国家の基本であるから、各氏族に伝わっている旧辞(くじ)を検討して正しい内容を選んで後世に伝えたいと言われました。
そして天武天皇は、文章を一度見ただけで暗礁でき、一度聞いた内容は忘れることのない聡明な28歳の稗田阿礼(ひえだのあれい)に命じて、天皇家の伝承である帝紀と各氏族に伝わる旧辞を暗唱させました。
ところが間もなく天武天皇が崩御され、後継である持統天皇(第41代)も文武天皇(第42代)も書物を完成できず、文武天皇の母君である元明天皇(第43代)が和銅4(711)年9月18日に、私(太朝臣安万侶)に、稗田阿礼の覚えていることを書物にして献上せよと命ぜられました。」
ということで、命令の翌年に完成したのが「古事記」というわけです。

 天武天皇が国史の編纂を命ぜられたということは「日本書紀」に書かれていますので事実ですが、現在に伝わる「古事記」は長年、偽書、すなわち偽物だという意見がありました。
 まず、元明天皇に献呈された原本が残っているわけではなく、もっとも古くて確かな「古事記」は1333年に建立された名古屋市にある通称、大須観音、正式名称は北野山真福寺宝生院(しんふくじほうしょういん)で、1371年から72年にかけて、その寺の僧・賢瑜(けんゆ)が筆写した3巻揃った写本(国宝)「真福寺本古事記」ということです。
 しかも「古事記」(712年)が刊行されてから8年後に「日本書紀」(720年)が刊行されていますが、天武天皇の命令によって短期間に2冊も国史が編纂された理由もはっきりしませんし、後に完成した「日本書紀」のなかに「古事記」について何も書かれていないことも不思議とされています。
 さらに「日本書紀」については、正式の国史である「続日本紀(しょくにほんぎ)」(797年)に何度も記載されていますが、「古事記」については一度も登場しません。
 そしてようやく100年後の弘仁3(812)年に編纂された「弘仁私記」にはじめて登場するのですが、その内容が「古事記」の序文の内容によく似ており、それも不思議とされています。

 しかし、江戸時代の国学者・本居宣長が35年かけて1789年に脱稿し、翌年から1822年にかけて刊行した全44巻の大著「古事記伝」によって、「古事記」の正当性を説明し、受け入れられるようになりました。
 さらに1979年1月23日に奈良市の茶畑の南側斜面で太朝臣安麻呂の墓が発見され、住所や没年を記した銅板が出土し、実在の人物であることが証明され、「古事記」が偽書ではないという考えが主流になりました。
 ただし、先程ご紹介した序文については、国家の歴史を編纂した書物の序文を、下級官吏である太朝臣安万呂ごときが書いているのも疑問とされ、現状では、「古事記」本文は正しいものとしても、序文は後から書き加えられたという説が最大公約数のようです。

 それはともかく、「古事記」の内容は日本という国の成立を知る上で興味のあるものです。
 その概要は、これも序文に書かれていますが、全体は上中下の3巻からなり、上巻(かみつまき)は神話時代について、中巻(なかつまき)は初代の神武天皇から15代の応神天皇まで、下巻(しもつまき)は16代の仁徳天皇から33代の推古天皇までの系譜です。
 後ろに2巻はそれぞれの天皇の事績が書かれているのですが、上巻はイザナギとイザナミが日本列島を作り出す国産みの話、天照大神が須佐之男命の乱暴狼藉に怒って天岩戸に籠る話、須佐之男命の八岐大蛇退治の話、大国主の命が因幡の白兎を救う話などが説明されています。
 その舞台となっている島根県では7月21日から11月11日まで「神話博しまね:古事記1300年」が開催されますし、奈良や本居宣長の生誕地である三重県松阪市でも様々な行事が企画されています。
 現在の日本は様々な困難に直面していますが、日本という国の誕生の時代を想像しながら、日本の将来を考えるのも意義があると思います。





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