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論文

 先週末に日本の電機メーカー各社が平成23年度の決算の見通しを発表しましたが、軒並み大幅な赤字決算となり話題になっています。
 ソニーが2200億円、シャープが2900億円、パナソニックが7800億円の赤字で、シャープとパナソニックは過去最大の赤字、ソニーは4期連続の赤字という嬉しくない記録更新になっています。
 さらにNECも1000億円、リコーも460億円、任天堂も650億円の赤字決算です。
 もちろん昨年は東日本大震災やタイの洪水の影響があった年ですから特殊かも分かりませんが、このような輸出産業の不振を反映して、2兆5000億円の貿易赤字となり、1980年以来の31年ぶりの異常事態です。

 しかし、現在のように「ものづくり」が苦境に陥るという法則は320年以上前に発表されています。
 ウィリアム・ペティという軍人でもあったイギリスの医者が1690年に『政治算術』という本を出版しています。
 当時、ヨーロッパではフランス、イギリス、オランダが勢力争いをしていましたが、人口はフランス、イギリス、オランダの順番なのに、経済力は逆にオランダ、イギリス、フランスの順番でした。
 そこで原因を調べてみると、フランスは農業、イギリスは工業、オランダは商業が中心の産業であったので、農業よりは工業、工業よりは商業のほうが収益が大きいという理論を発表したのです。
 これは250年後にオーストラリアの経済学者コーリン・クラークが統計的に明確にし、合わせて「ペティ=クラークの法則」と言われています。
 日本で農業が縮小し、工業も縮小し、情報産業など三次産業が拡大していくのは経験法則で必然だというわけです。
 しかし、日本の電気機械産業は製造品出荷額の15%を占め、輸出の10%近くを支えている産業分野ですから、この法則を打ち破って何とか復活してもらわないと日本経済全体に影響が及びます。

 各社も改革を真剣に検討しておられますし、経済産業省も「ものづくり基盤技術の振興施策」を発表していますが、そのような視点とは違う戦略について素人提案をさせていただこうと思います。
 1960年代初期のIBMはユニバックやバローズなどのコンピュータ会社と競争している企業の一つでしかありませんでした。
 そこでIBMは今後の戦略を検討するために、カナダの英文学者のマーシャル・マクルーハンに相談しました。
 なぜコンピュータ企業が英文学者に相談したかと不思議に思われるでしょうが、マクルーハンは1962年に『グーテンベルグ銀河系』、1964年に『メディアの理解:人間拡張の原理』という爆発的に売れたベストトセラーを出版し、情報技術の過去から未来への適確な展望を示していたからです。
 そのときのマクルーハンの回答はコンピュータという計算機械を売る会社からコンピューティングという計算サービスを提供する会社に変わるべきだということでした。
 そこでIBMは、それまで売りきりであったコンピュータをレンタル方式に変え、IBM360シリーズという様々な計算能力をもったコンピュータのファミリーを開発し、企業の計算需要に応じた能力のコンピュータをレンタルすることにより、一気に首位に躍り出て、一時は世界の大型コンピュータの8割を独占するまでになりました。
 当時、私は大学院生で、IBM360を使って計算していましたが、計算に使った時間分だけ料金を払うという方式は確かに合理的だと思いました。

 同じような例はエレベーター産業です。エレベーターは定期点検が法律で義務付けられていますから、一度設置すると、エレベーターが廃棄されるまでは維持補修費を受け取ることができます。
 このように売るだけではなく、末永くサービスを提供して収入を得る方法を検討すれば新しいビジネスが展開する可能性があります。
 ものづくりは不要ではありませんが、それを社会にどのように提供するかの戦略が必要だということです。

 第二の戦略は激動する企業環境に柔軟に対応することです。
 現在、携帯電話のシェア争いは熾烈で、1、2年で大きく変化しています。2009年には携帯電話のOSはノキアの「シンビアン」が45%で首位、オバマ大統領が愛用しているブラックベリーに使われているRIMのOSが21%で2位、3位がiPhoneに使われているアップルの「iOS」で17%、グーグルの「アンドロイド」はわずか3・5%で5位でした。
 ところが、そこから2年後の昨年は「アンドロイド」が53%と過半数になり1位、「シンビアン」は17%に後退して2位、「RIM」は11%で4位になってしまいました。
 その結果、RIMの株価は1年間で7割も下落、ついに1月22日には創業者が辞任という事態になりました。

 このような事態に参考になるのがアメリカの電話会社AT&Tの戦略です。
 AT&Tは世界最大の電話会社でしたが、独占禁止法違反と認定され、1984年に7社の地域会社と長距離通信担当会社に分割されます。
 当然、それより前から事態は予測されていたので、AT&Tは有名な未来学者アルビン・トフラーに戦略の検討を依頼します。
 その内容は秘密報告書として公開されませんでしたが、1984年に分割が実施されたので、翌年に『未来適応企業』という本として出版されました。
 その内容を要約すると「昨日の成功ほど危険なものはない」ということで、絶えず企業環境の変化に対応して、組織を再編し、業務の内容を変化させていかなければ激動の時代に企業は生残れないということです。
 経済学者のヨゼフ・シュンペーターの提言している「創造的破壊」や芭蕉の「不易流行」にも相通じますが、トフラーはAT&Tは分割によって現在以上に強力になる方法があると提言し、『未来適応企業』の第1章は「マンモス企業は墓場に行け」という題名です。
 ぜひ日本のものづくり企業も「ペティ=クラークの法則」を書き改めるような産業を創造して欲しいと思います。





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