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論文

 昨年は6月に小笠原諸島が世界自然遺産に、平泉が世界文化遺産に登録され、さらに5月には筑豊炭鉱での労働状態を描いた山本作兵衛(さくべい)さんの絵画や日誌が世界記憶遺産に登録されるなど、世界遺産ブームの年でした。
 そもそも世界遺産はナイル川の中流にアスワンハイダムが建設されるとアブシンベル神殿が水没してしまうということで、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が資金を集めて移設したことを発端として1975年から始まった制度です。
 その後、1997年に記憶遺産が新たに追加され、2003年には無形文化遺産も登場し、さらにユネスコに対抗して国際連合食料農業機関(FAO)が2002年から世界農業遺産を選定しており、世界遺産は乱立気味です。
 世界自然遺産や世界文化遺産ほど知られていませんが、無形文化遺産は日本からも、能楽、歌舞伎、京都祇園祭、早池峰神楽などの伝統芸能や、小千谷縮、石州半紙(せきしゅうばんし)など伝統工芸を合わせて21件がすでに登録されています。

 そこへ最近、農林水産省が日本料理を無形文化遺産に登録しようと動き始めました。
 正式には「和食:日本人の伝統的な食文化」という名前で検討されていますが、すでに2010年に「フランスの美食術」「地中海料理」「メキシコの伝統料理」2011年に「トルコのケシケキの伝統」が登録されていますので、珍しいことではありません。
 登録しようとする意図は、日本には1万5000以上の郷土料理があり、国土に根差した多様な食材が新鮮なまま使用されている、コメを中心とした栄養バランスの優れた内容になっている、食事の内容に自然の美しさや季節の移ろいが表現されているという特徴のあるもので、さらに田植、収穫祭のような年中行事と密接に関係しているので、それらを総合して「食事という空間のなかで「自然の尊重という精神を表現している社会的慣習」を認めてもらおうということです。

 昨年9月に3000人以上の日本人を相手におこなったアンケートによると、「日本の食文化を保護し、子孫に伝えることは重要と思うか」という質問には98・4%が、そう思うと答えていますし、日本食文化をユネスコの無形文化遺産に登録することも91・8%が支持するという回答です。
 また、1500以上の自治体や地域の団体も賛成を表明しています。

 それは日本人だから身びいきで当然と思われるかもしれませんが、日本食は世界が関心をもっている食文化なのです。
 アメリカのフォード大統領が、アメリカ人が肉を食べ過ぎるために病気が多く、このままでは医療財政が破綻すると懸念し、上院議会に調査を命じたことがあります。
 民主党の大統領候補にもなったことがあるジョージ・マクバガン上院議員が委員長となり、2年間の調査をおこない、1977年に食料に関する報告書を発表しました。
 その結論は日本の庶民の食事が理想の食事であるというものでした。
 どのような内容かと言うと、コメは高価であったため、庶民はアワ、ヒエなどの雑穀を主食とし、海藻の入った味噌汁を飲み、副食は現在のように温室栽培の野菜ではなく、露地物の旬の野菜と、はるばる地中海から運んだマグロのような魚ではなく、目の前の海で獲れるアジやイワシやサンマを食べていたのですが、これが最高だと評価したのです。

 これは世界に影響を及ぼし、アメリカでは寿司屋や日本料理屋が1万店以上も開業し、パリやモスクワにも高級料理店として日本料理屋が数百店も登場することになりました。
 したがって、日本食文化を無形文化遺産に登録することは意味があるのですが、肝心の日本人が優れたことに気付いていないのではないかという心配があります。
 まず登録理由として挙げられた「コメを中心とした食事」ですが、日本人1人当り1日に食べるコメの量は1950年には302グラムだったのですが、年とともに減り、2009年には160グラムと半分近くになってしまいました。
 それに変わって85%も輸入に依存しているコムギの消費は1950年の73グラムから現在では100グラム以上に増えています。
 アメリカに褒められた魚ですが、1人1日あたりの消費は1995年の107グラムを頂点に、最近では95グラムくらいに減っています。
 その一方、アメリカでは食べ過ぎてはいけないという肉類について、1950年には4グラム程度でしたが、最近では80グラム近くなり、20倍も増えました。
 乳製品も同じ期間に1人あたり17倍も消費が増えています。

 この背景には、戦後、アメリカが戦争用に備蓄していた余剰小麦を処分するために、小麦を日本に大量に輸出するとともに、コメを食べると頭が悪くなるとか、持久力がなくなるというような宣伝をし、キッチンカーという移動台所自動車を提供して全国で小麦を使った料理を宣伝するなどした政策がありました。
 肉についても、アメリカの飼料を輸出するために、日本の国土に合わない畜産を進め、肉類などを輸出するための取引をしてきた効果です。

 ぜひ、今回の日本食文化の無形文化遺産への登録運動を機会に足元の宝物に気付くべきだと思いますが、ひとつだけ懸念することがあります。
 アメリカや中国で魚の消費が増えはじめ、資源の涸渇や食材の高騰が発生していることです。とりわけ中国では水産物の消費が過去50年で3倍近く増え、世界の水産物の3分の1を消費するようになっています。
 痛し痒しの問題ですが、日本の養殖技術は世界一の水準をもっていますので、何とか理想の食事を維持する努力が必要ですが、そのためにも日本食の素晴らしさを日本人が認めることが重要です。





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