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論文

 ほぼ1年前ですが、ソニーが運営するプレーステーション・ネットワーク(PSN)から1億人近い利用者の個人情報が流出するという事件がありました。
 9月には三菱重工業のコンピュータ・システムがウイルスに感染し、軍事技術に関係する情報が流出した可能性があるという発表がなされました。
 また10月には、衆議院議員が公用で使用しているコンピュータにハッカーが侵入し、ID番号やパスワードが盗まれるという事件もありました。
 世界でも、2010年1月にグーグルのコンピュータ・システムが中国からの不正なアクセスを受け、中国でのサービスから撤退する可能性があるという発表をし、9月にはイランのブシェール原子力発電所のコンピュータがスタクスネットというコンピュータ・ウイルスに感染し、操業が2ヶ月以上遅れるという発表がなされました。
 さらに昨年10月には、アメリカ議会の「米中経済安全保障見直し委員会」が、地球資源調査衛星「ランドサット7号」が2007年と2008年に中国からと見られる攻撃を受け、地球観測衛星「テラ」も2008年に2回攻撃を受けていると発表しました。
 その攻撃の内容は、ノルウェーにある民間の衛星通信地上局を経由して不正な信号が人工衛星に10数分間発信されたというものです。

 このようなコンピュータ犯罪は、かつては映画の世界の物語でした。
 1983年に上映されたアメリカ映画『ウォーゲーム』は高校生がアメリカの航空宇宙防衛司令部のコンピュータ・システムに侵入するという映画ですが、007も1997年の『トゥモロー・ネヴァー・ダイ』では、イギリスのフリゲート艦が違法に操作されたGPSの情報で中国の領海に侵入し撃沈される事件から始まり、2007年に12年ぶりに復活したブルース・ウィルスの『ダイハード4』も、従来の武力中心のアクションからハッカーが活躍する情報戦争を舞台にする内容に移行しました。
 それが現実の世界でも表に出てくるような時代になったのです。

 このような情報空間での事件はサイバー攻撃とかサイバー戦争といわれ、明確な定義はありませんが、特定の国家が実行する情報による攻撃で、相手国に重大な被害をもたらすものとされています。
 いずれにしても、これまでのように個人の悪意で実行するものではなく、攻撃に国家が関与して、対応も本格的に国家が乗り出す時代になったということです。

 アメリカでは2005年に創設した「ネットワーク戦争担当統合機能部隊(JFCCNW)」を2010年には「アメリカ情報部隊(USCC)」に統合してサイバー戦争に対応する軍隊を用意しています。
 そして昨年6月にゲーツ国防長官が「外国政府によるサイバー攻撃は戦争行為と見なす」と宣言し、翌月には「アメリカ政府のネットワークが攻撃されれば軍事報復を辞さず、同盟国への攻撃もアメリカへの攻撃と見なす」と見解がエスカレートしています。
 イギリスも2010年10月に「国防サイバー作戦グループ」の新設を発表し、韓国も同じ時期に国防情報本部に「サイバー司令部」を新設しています。
 そして何事も秘密にしがちな中国でさえ、昨年5月に国防部の報道官が広東省に電子戦用の部隊「ネット藍軍(ブルー・アーミー)」が存在すると認めました。
 これは5万人のハッカーと250人の隊員により構成されていると発表していますが、インドの新聞では中国は30万人のハッカー部隊を創設していると報道しています。

 日本が心配になりますが、これまで自衛隊の陸海空3軍の統合部隊「指揮通信システム隊」が150人規模で設置されていましたが、これは防衛中心でした。
 ところが今年の1月になり、攻撃能力も持つ統合部隊「サイバー空間防衛隊」を、2013年度末ですから約2年後に100人態勢で発足させるという構想を明らかにしました。
 そのためにはサイバー空間という情報通信の内部の世界で自衛権が発動できるような法律も必要で、その整備も始めるということです。
 このような背景には、日本へのサイバー攻撃が2006年の年間2100件程度から2009年には8800件に増え、新たに登場したコンピュータ・ウイルスの数も20から240に急増しているという事実があります。

 そこで重要になるのが、情報セキュリティに関係する優秀な技術者が多数存在するかということです。
 アメリカでは毎年8月にセキュリティ国際会議(DEFCON)が開催され、その関連行事として技術を競う競技大会(CTF)が20年近く行われ、そこで優秀な成績を収めた人材をFBIや軍の関係者がスカウトするという状態になっています。
 昨年8月の競技大会には世界から300近いチームが参加し、問題に解答するという方式の予選で12チームが選ばれ、そのチームが相互にサイバー攻撃をするという決勝戦が行われました。
 日本から参加した「ステゴマ2」というチームは問題を解くという能力は高く予選は2位で通過しましたが、攻撃や防御をするという勝負には経験不足で、決勝戦では最下位で実力不足という印象でした。
 そこで国内でも競技大会を開催して技術者を発掘しようという動きが始まり、今年2月18日と19日の2日間、九州工業大学で7チーム31人が参加した競技大会が開かれました。
 企業も自社の技術者の能力を向上させる必要があり、楽天は「楽天CTF」を年内に開く予定ですし、経済産業省も2012年度から日本CTF大会を開催する予定です。
 これまでハッカーは白い眼で見られがちでしたが、いまや情報社会に必須の人材に変わりはじめたようです。





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