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論文

 今日は「フリップ・ティーチング」、日本では「反転教育」と言われる新しい教育方法について紹介したいと思います。
 20年前の1999年に『分数ができない大学生・21世紀の日本が危ない』という本が出版され、話題になりました。
 大学の新入生に1/3+1/5を計算させると、分子と分母をそれぞれ足して2/8=1/4という答えを出すような学生をはじめ、正しい答えを出せない学生が多いという指摘をし、日本の将来を心配した本です。
 ところが20年経った今年には『「%」が分からない大学生・日本の数学教育の致命的欠陥』という本が出されました。
 例えば、2億円は50億円の何%かという問題を出すと、50を2で割って25%という答えを出す学生など、正解できない大学生が2割近くいるということです。
 原因は1980年から始まった「ゆとり教育」だとか、「マークシート解答」が増えてきたからだと言われますが、とにかく、このような現実が登場しているのが日本の実際です。

 それはほんの一部の学生かと思われるかもしれませんが、一流の国立大学の理系の教授をしている後輩に出会って雑談していたら「大学教授も大変です」というので理由を聞いたところ、理系に入学したのに高等学校で物理を勉強していない学生が多く、1年生の授業がまったく理解できないため、仕方なく教授や助教授が手分けして学生の下宿に行って、高等学校で勉強する物理を個人教授するというのです。
 研究時間を割いて、そのような活動をしなければならないほど理系の基礎ができていない学生が増えているのだそうです。

 ところが最近、このような個人の能力に対応して個別の教育をする授業がアメリカで登場してきたのですが、それが「フリップ・ティーチング」と呼ばれる教育方法です。
 フリップには「裏返す」とか「ひっくり返す」という意味があるので、日本では「反転教育」と翻訳されています。
 どのように反転かというと、これまではクラス全員に一律の内容で授業を行い、最後に宿題を出して自宅で勉強させるというのが一般でした。
 しかし、情報通信サービスが普及してきたので、教室で全員に一律で教えていた内容は教師が自分で作成したビデオ教材か外部の機関が作ったビデオ教材をインターネット経由で学生が自宅で勉強し、登校してきた時には、これまで宿題であったような問題を教室で解き、先生が個別に指導するという方法です。
 共通の授業を受ける場所であった教室と個別の宿題をする場所であった家庭が、これまでとは反対になるので「反転授業」というわけです。

 このようなことが実際に始まったのはコンピュータとインターネットが家庭に普及しはじめた21世紀になってからですが、すでに1990年代から「壇上の賢人から一人一人の案内役への反転」という論文などで提案されてきました。
 つまり教師は一段と高い教壇の上でなんでも知っている賢い人として一方的に説明するのではなく、平床に降りて一人一人を個別に指導する役割に変化するべきであるという提言でした。
 実際に反転教育を導入しているのはアメリカが先行しており、一例としてウィスコンシン大学マディソン校では、それまで講義形式で行っていたコンピュータ科学の講義をスライドで提供し、学生はインターネットで見て事前に勉強しておき、学校では出題された問題を解き、先生は手間取っている生徒を個別に指導する授業を行っています。
 2007年にアメリカの高等学校の科学技術の授業で、1)従来の形式の授業 2)従来の授業とインターネットで教材を勉強する両方を混合 3)インターネットの教材のみで勉強 4)反転授業の4種類で授業をして比較したところ、反転授業が効果のあることがわかり、話題になって来ました。

 最近は日本でも始まっています。
 最初に始めたのは2012年に宮城県富谷(とみや)町立(当時)東向陽台小学校の算数の授業、2013年には近畿大学附属高等学校の数学と英語の授業、2014年には東京工科大学コンピュータサイエンス学部の授業など、小学校から大学までで少しずつ始まっています。

 この反転授業が注目されるのは利点があるからです。
 生徒の立場からは個人の能力に合わせた勉強の機会が与えられることです。従来の授業には付いていけない生徒でも、端末装置で自分の理解の速度に合わせて授業を受けることができますし、優秀であれば高度な授業も受けられることになります。
 教師の立場からは一人一人の生徒の能力を確認することができ、それに合わせて指導することが可能になります。
 これまでの学校での授業は一方的に聞くだけの受け身でしたが、反転授業では友達同士で議論もでき、新しい能力を身につけることも可能になります。
 問題は、従来の授業に相当する学習は家庭で行うので、怠けようと思えば、それも可能です。そのために家庭で保護者が指導することが要求されます。
 教師にとっても一人一人に対応するので、これまでより負担が増えることになります。

 実際、来年から新しい学習指導要綱に移行し、プログラミング教育が必須になりますが、先生たちにとってはかなりの負担で、反転授業にすればさらに負担が増えるという問題があります。
 さらに通信回線の整備や端末装置の確保については家庭の負担になりますが、そこで格差ができるのも社会が解決しなければいけない課題になると思います。
 明治以来、日本の教育は才能ある子供の個性を伸ばすよりも、落ちこぼれがないようにするという方針でした。
 これは大量生産の工業社会には有効でしたが、突出した若者が社会を牽引していくことが必要な情報社会には適していないと思います。
 そのような視点からは反転教育は有力な手段ですから、日本でも普及していけばと思います。





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