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論文

 世界各地の先住民族を訪ねる旅の一環で、一昨日までインドネシアの孤島に行っていましたので、その様子をご紹介したいと思います。
 場所はカレドゥバ島というインドネシアの孤島ですが、ここは本当に世界の果てと言えるような場所です。
 まず日本から飛行機でバリ島のデンパサールまで7時間半ほどかけて到着します。
 ここでから飛行機を2回乗り継いでスラウェシ島のケンダリという町に到着し、さらに週3回しか飛んでいない小型飛行機でワンギ・ワンギ島という珊瑚礁でできた島の簡単な小屋しかない滑走路に到着しますが、ここで終わりではなく、目的地はまだまだ先です。
 この島の港から高速船に約1時間乗り、ようやくカレドゥパ島という小島に到着しますが、ここでカヌーに乗り換えて、最終目的地であるバジャウと呼ばれる人々が生活している海上の集落に到着です。
 飛行機に4回、船に2回乗って、丸2日かけて到着する秘境です。

 バジャウ族は現在でこそ、一部は海沿いの陸上に生活したり、海上に家を建てて生活していますが、本来は一生船の上だけで生活していた人々です。
 現在、フィリピンのスールー諸島、カリマンタン、スラウェシ島などの沿岸に約100万人が生活しており、言葉はお互いに通じる関係です。
 意外に思われるかも知れませんが、日本にも戦後しばらくまで、「家船(えぶね)」と呼ばれる海上生活の人々が九州西部や瀬戸内海に生活していましたし、東京湾の佃や月島の浅瀬が埋立てられるまでは、艀(はしけ)の上で生活する人々が1万人近く存在し、水上学校、水上会館、水上警察まで存在するほどの規模でした。

 ウィリアム・ホールデンとジェニファ・ジョーンズ主演の映画『慕情(ラブ・イズ・ア・メニー・スプレンダード・シング)』の舞台は香港のアバディーンという水上生活者が集まっている地域ですが、東南アジアには各地に蛋民(たんみん)と呼ばれる水上生活者がいます。
 また私が昨年訪れた、アマゾン川の源流地域にあるイキトスという都市の一部にはアマゾン川の上に家が建ち並ぶベレンという地域もあります。
 さらに現在でも、アムステルダムの運河やパリのセーヌ川にはボートハウスに生活している人々が相当おり、水上生活している人はバジャウ族だけではありませんが、バジャウ族は規模が桁違いです。

 今回訪れたのは、「サマ・バハリ」という名前の集落で、カレドゥパ島から沖に200mほどの浅瀬に、木の杭を何本も立て、その上の海底から6mほどの高さに木や竹で家を作って住んでいる集落です。
 全体で350世帯ほどの1600人ほどが生活しており、内部には小学校と中学校、診療所、雑貨屋のような商店、イスラム教徒が大半なので回教寺院などが作られ、それぞれが木の橋でつながれています。
 陸上に住んでいる我々から見ると、水上生活は不便であると思いがちですが、海上に住むのには、いくつかの理由があります。
 まず蚊などの虫が来ないという利点があります。
 我々は、この集落から船外機の付いた小舟で20分ほどの島の、ダイビングに来た人たちが泊まる小屋に泊まりましたが、あっという間にユスリカのような小さな蚊に刺されて、かゆくて大変でしたが、海上はまったく蚊が来ません。

 第二は涼しいことです。
 海上の家の壁は隙間だらけですし、床は半割にした竹を敷いただけで、これも隙間だらけですから、風通しがよく、しばらく昼寝をさせてもらいましたが、気温は35℃くらいでしたが、大変に快適でした。
 第三は海上に生活していると税金を払わなくていいことです。ただし、これは住民が勝手に思い込んでいるようで、村長さんに聞くと、税金を払うほど収入のある家族がいないということが真実のようですが、実質的に無税で生活しています。
 第四に、バジャウ族は漁業で生活していますから、家の下からすぐに仕事場であり、究極の職住接近ということにもなります。
 しかし、最大の利点は自由だということです。
 陸上のように土地の所有権がないので、許可も必要なく、浅瀬の好きな場所を選んで家を建てることができるという自由がまずあります。
 集落の中心部分は家から家へと桟橋が渡してあり、道路の役割を果たしていますが、外周部分には桟橋がなく孤立している家が数多くあります。
 その一軒に住んでいる人に、どこへ行くにもカヌーを使う必要があるから不便ではないかと質問したら、桟橋でつながっていると、勝手に人が訪ねてきたりして、昼寝も自由にできないから、わざと桟橋を掛けないのだと言っていました。
 彼らはもともと船の上で生活し、好きなときに好きな場所に移動して生活していましたから、自由の民なのですが、その遺伝子が伝わっているのだと思います。

 実際、この自由を求めて、最近では先進諸国でもボートハウスが人気になっており、アムステルダムでは運河の上のボートハウスが2007年以後、新規の許可が出なくなったため、高級住宅になっていますし、ボートハウスに住んでいる金持も増加し、一種のステータスにもなっています。
 考えてみると、人間の600万年の歴史のなかで定住するようになったのは1万年前くらいからですから、0・2%にもならない時間であり、それ以前はノマドと呼ばれる移動生活をしていました。
 移動から定住は進歩のようですが、アメリカの考古学者ブライアン・フェイガンは「人類は定住を選択したことにより、安全な場所に生活する自由や快適な場所に生活する自由を失った」という意味のことを書いており、海上で自由を求めて生活しているバジャウ族の人々を見ると、私たちが常識と思っている陸上に定住するという生活形態は、最適のものかどうかは疑問だという気持にもなります。
 今回訪れたバジャウ族の生活については、4月21日に「地球千年紀行」としてBS−TBSで放送しますので、御覧いただければ幸いです。





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