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論文

 昨年8月に環境省が絶滅危惧種であったニホンカワウソを絶滅種に指定して話題になりました。
 1979年に高知県で写真撮影されたのが最後の目撃情報ですが、まだ生存しているという人々もいました。
 しかし、昨年ついに、日本からは消滅したと宣言され、それを契機に、外国のカワウソを導入して自然に放そうという議論が活発になりました。
 ヨーロッパからアジアにかけて棲息しているユーラシアカワウソのDNAを分析してみると、ほとんど違いがないので、それを動物園や水族館で飼育して増やし、自然に放そうという構想です。
 外来生物法によると、ユーラシアカワウソは輸入や飼育が規制されている動物ではないので、環境や漁業などへの影響を検討して地域が了解すれば、自然環境に放すことは制度的には可能で、実際に国内の動物園で14頭が飼育されています。

 絶滅した動物に近い種を外国から導入して自然に放すことは、以前から行われています。
 代表がトキです。トキは「ニッポニア・ニッポン」という学名が付けられた日本を象徴する鳥ですが、2003年に日本産のトキの最後の一羽「キン」が死亡して、野生のトキは絶滅しました。
 しかし、1999年に中国から贈呈された2羽のトキや、それ以後、中国から借り受けたトキを佐渡で繁殖させて、2008年からこれまでに108羽が自然環境に放たれています。
 コウノトリも同様で、1956年に特別天然記念物に指定されて保護されてきましたが、1986年に野生のコウノトリは絶滅しました。
 そこで1985年にソビエト連邦から6羽の幼鳥を貰い受けて飼育し、2002年には100羽まで増やすことに成功し、2005年から自然環境に放しはじめています。

 もうひとつ、日本で復元させようという構想が登場しているのがニホンオオカミです。
 1905年に奈良県の山奥で捕獲された若いオスが最後とされ、現在は絶滅種になっています。
 また北海道に棲息していたエゾオオカミも1896年に絶滅したとされています。
 そこで大分県ではシカやイノシシの増加を防ぐために、DNAが似ているハイイロオオカミを導入しようという計画が検討されていますし、北海道でも知床半島を対象に同様の検討をしている人々も存在します。
 もちろん、現在の法律では、オオカミは人間の生命や財産に被害をもたらす特定動物に指定されていますので、自然環境に放すことはできませんが、このような構想が考えられる背景には、アメリカでオオカミが再導入された実例があるからです。

 アメリカのイエローストーン公園で野生のオオカミが殺された最後は1926年で、それ以後、オオカミの獲物であったワピチと呼ばれるシカなどの草食動物が急速に増加し、森林の植生が被害を受けるようになり、さらにオオカミの存在によって頭数が調整されていたコヨーテが増加して、アカギツネが減っていくことになりました。
 そこで1960年代から、オオカミをもう一度、導入する検討がはじまりました。
 当然、牧場主たちが反対し、そのためにオオカミの被害で失われる家畜を市場価格で補償する「オオカミ補償基金」まで用意されました。
 それ以後も賛成派と反対派の攻防が続きましたが、ついに1995年3月にカナダのハイイロオオカミが自然に放たれました。
 その後、頭数は順調に増え、2009年末には1700頭にまでになりました。
 その結果、イエローストーン公園ではアカギツネやビーバーが増える一方、ワピチが減って森林の植生の多様性が向上しているそうです。

 この成功によってアメリカ南部のアリゾナ洲、ニューメキシコ州、テキサス州で、絶滅危惧種に指定されていたメキシコオオカミの再導入が始まりました。
 1970年代後半から野生のメキシコオオカミを捕獲して動物園などで繁殖させ、1998年3月に11頭が放たれました。
 これに影響され、デンマーク、ドイツ、イタリア、スコットランドなど、オオカミが絶滅した地域でも、再導入が検討され、日本でも同じような計画が検討されているというわけです。

 このような動物の復元だけではなく、自然環境全体の復元が世界で新しい潮流となっています。
 日本では10年前の2003年1月1日に自然再生推進法が施行され、「過去に損なわれた生態系などの自然環境を取り戻すため、河川、湿原、干潟、藻場、里山、里地、森林などの自然環境を保全、再生、創出、維持管理すること」を目指しています。
 一例として釧路湿原では、以前、干拓するために蛇行していた釧路川を直線の運河にしていましたが、最近、以前の蛇行した川に戻しましたし、日本第二の面積をもつ霞ヶ浦では、アサザという水草を植えることによって、コンクリート護岸で固められていた湖岸を自然の浜辺に戻すという事業が進んでいます。
 これは世界の先進諸国で本格的に行われており、アメリカのフロリダ半島では干拓して農地にした湿地帯を以前の湿地帯に戻す事業が数百平方キロメートルの規模で行われていますし、イタリアのポー川の河口でも、水田にした湿原を毎年、数10ヘクタールの規模で以前の湿原に戻しています。

 人間は自分に役立つ部分の自然のみを利用してきましたが、結局、それが自然の微妙なバランスを壊すと分かり、もう一度、以前の状態に戻そうとしているわけですが、短めに考えても何万年という時間をかけて出来上がったバランスを簡単に取り戻せるわけではありません。
 しかし、地球規模の環境問題が深刻になってきた結果、大きな方向転換が発生しているということだと思います。





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