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論文

 3月27日にリニア・コライダー・コラボレーションという国際組織の代表が、ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊平成基礎科学財団理事長と一緒に安倍首相を表敬訪問し、国際リニアコライダー(ILC)という装置の建設について、日本に協力してほしいと依頼されました。
 コライドは衝突という意味ですから、コライダーは衝突させる装置ということになりますが、原子を構成している電子や陽子などの粒子を加速して高速にして正面衝突させる装置です。
 衝突すると、物質を構成している最小単位の素粒子が飛び出し、それらを観測することによって、物質のもっとも基本的な構造が分かるというわけです。

 このようなコライダーは世界各国に小型の装置が建設されていますが、現在、世界最大の装置はスイスとフランスの国境に、欧州合同原子核研究所(CERN)が建設した大型ハドロンコライダー(LHC)で、東京の山手線よりやや短い一周27kmの円形のトンネルの内部で陽子を加速して衝突させる装置です。
 この装置が話題になったのは、昨年7月、実験によって発見された粒子が物質に重量を与えるヒッグス粒子の可能性があると発表され、さらに今年3月にほぼ確実にヒッグス粒子であるとノーベル賞級の発表をしたことです。

 今回、話題のILCは、さらに高性能の装置で、東京と横浜の距離に相当する30kmの直線のトンネルを掘り、そこで陽子と陽電子を光速に近い速度に加速して正面衝突させ、新しい素粒子を発見しようという装置です。
 何の役に立つのかといえば、未知の素粒子を発見し、宇宙の誕生の秘密を解明するということだそうですが、世間的な関心は、そのためにいくらかかるのか、そして現世の利益がいくらあるかということです。
 現在の見積もりは8000億円で、日本に建設されることになると慣例として半額を日本が負担することになります。
 日本の候補地は東北の北上山地と佐賀県の脊振(せふり)山地ですが、前者では30年間で4兆3000億円、九州の場合には建設時に1兆1000億円、運用時には毎年600億円以上の経済効果があると宣伝しています。

 とにかく科学技術は金食い虫で、ここ数十年でもっとも高価な研究開発は、若田光一さんはじめ4人の日本人宇宙飛行士が滞在した「国際宇宙ステーション」で、1998年の建設開始から2010年までに8兆円近い予算が投入され、日本は7100億円の負担をし、さらに2015年までに2兆4000億円が予定され、日本は2000億円を負担することになっています。
 次に費用がかかっているのがスーパーコンピュータで、2002年に世界一になった「地球シミュレータ」は開発に600億円、それ以後、毎年の維持に50億円がかかっていますし、2009年の事業仕分けで予算が凍結されて話題になった「京速コンピュータ」は開発に1120億円、毎年の維持に80億円が必要です。

 ごく最近、完成して利用が始まった、アンデス山脈の標高5000mの砂漠に建設された電波望遠鏡「アルマ」は建設に1000億円で日本は250億円負担し、これからの利用には毎年30億円が必要とされています。
 また愛知県と三重県の沖合でメタンハイドレートの海底からの掘削に成功して話題になった地球深部探査船「ちきゅう」は建造に600億円、運用に毎年120億円が必要です。

 以上、御紹介した事例は、一般社会への直接の効果はともかく、科学技術分野には何となく貢献していることが分かりますが、長年研究している割には役に立っているかで疑問を呈されているのが地震予知です。
 日本の地震予知の研究は1965年の「第一次地震予知計画」から5年ごとに更新され、これまで約3000億円が投入されてきました。
 研究としては進歩しているのでしょうが、地震の発生を予測するということでは十分な成果を挙げているとは言えない状況で、予測そのものに否定的な関係者もいます。
 それで話題になったのが、2009年4月にイタリアのラクイラでM6・3の地震が発生し、309人が死亡、6万人以上が被災したことについて、2010年5月に地震予知委員会の7人の学者が起訴されたことです。
 群発地震が発生していたにもかかわらず、大地震にはならないと報告したために住民が非難しなかったということで過失致死罪に問われたのです。
 昨年10月に公判が行われ、求刑は禁固4年でしたが、裁判官はそれを上回る禁固6年の実刑判決を7人に言い渡し、現在、被告は控訴中です。
 こうなると学者ものんびりと研究しているわけにはいかなくなりますが、科学技術の社会での役割を考える参考にはなると思います。

 この判断はなかなか難しく、対照的な事例を挙げて考えてみたいと思います。
 18世紀後半、ドイツ人の医師フランツ・アントン・メスメルは患者の身体に何個もの磁石を取り付け、それによって体内を不思議な流体が流れて病気が治るという治療法を実践し、パリで大人気になりました。
 しかし、1784年にルイ16世が化学者のラボアジェやアメリカの全権公使ベンジャミン・フランクリンらに調査をさせたところ、そのような流体が身体の内部を流れる証拠はないし、治療の成功は患者の錯覚であるという報告をした結果、メスメルは行方不明になってしまったという事件があります。
 一方、イギリスの哲学者ジョージ・ブールは論理学の問題を計算で解くことが出来る方法を考案し、1847年に「論理学の数学的分析」という論文を発表しました。
 当時はまったく見向きもされませんでしたが、およそ100年後に、コンピュータの回路を設計するのに適しているという評価になり、現在ではコンピュータの設計にはブール代数が必須という道具になっています。

 科学技術の分野は目先の利益だけでは判断できないということです。
 日本が誘致に失敗した核融合の実験をする国際熱核融合実験炉(ITER)という装置は、1985年に構想が始まり、2005年に建設候補地がフランスに決まり、2019年に最初の実験運転、2027年に本格運転開始の予定で、そのための予算は1兆6000億円という構想です。
 それに匹敵するのが1970年代から具体的な構想が浮上し、来年から着工して2027年に東京と名古屋を結ぶ中央新幹線で、工事費は5兆円強と見積もられています。
 どちらが必要かという選択は難問です。





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