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論文

 3月23日から「第二回将棋電王戦」という将棋大会が開催されています。
 これはプロ棋士とコンピュータが角落ちや飛車落ちなどのハンデキャップなしの平手(ひらて)で5戦をおこなう大会で、これまで4戦おこなわれて、コンピュータが2勝1敗1分けとなり、今週土曜日におこなわれる5戦目を待たずにコンピュータの負けはないという状況になりました。
 ここまでコンピュータが到達するのには長い歴史があり、最初にプロ棋士とコンピュータが対戦したのは1996年で飯田五段と6枚落ちで対戦して2勝1敗でした。
 その後、アマチュアの高段者には平手で勝つようになりますが、プロの壁は厚く、ようやくプロ棋士に勝ったのは2010年10月に清水市代女流王将に勝ったときでした。

 しかし、世間がコンピュータの将棋に関心を持ったのは昨年1月に開かれた「第1回将棋電王戦」で、当時、日本将棋連盟会長であった米長邦雄永世棋聖に「ボンクラーズ」というソフトウェアが勝ったことでした。
 今回が「第2回将棋電王戦」で、日本将棋連盟も阿部四段、佐藤四段、船江五段、塚田九段、三浦八段という強力棋士を揃え、対戦するソフトウェアは第22回世界コンピュータ将棋選手権で1位から5位になった強敵です。
 棋士も真剣で、十分に準備をしてきましたが、今回はソフトウェアが2勝するという結果になっています。

 このようなソフトウェアには大学の研究室で開発しているソフトウェアも数多くあります。
 なぜ大学の研究者が関心をもつかというと、人工知能の研究の対象として適しているからです。
 人工知能という言葉が誕生したのは、1956年の夏、アメリカでコンピュータの研究が長期的に目指すべき対象を2ヶ月間も議論した結果、「機械が言語を使うことができるようにする、機械が抽象概念を理解できるようにする、現状では人間しか解けない問題を解けるようにする、機械が自分で進歩するようにする」研究が重要だという提言が発表されたときからです。
 この提言の結果、自然言語を翻訳、顔の識別などパターン認識、数学の定理の証明などとともに、チェス、オセロ、将棋、囲碁などのゲームをコンピュータに取組ませる研究がはじまったというわけです。

 コンピュータは可能な手の中から、もっとも有利になる手を選ぶわけですが、その可能な手の数はオセロで10の60乗、すなわち数字の後ろに0が60個並ぶ手数、チェスが120乗、将棋が220乗、囲碁は10の360乗ですから、この順番に難しく、人間に勝つのも、この順番でした。
 オセロはすでにコンピュータが圧倒的に強く、人間はほとんど勝てない段階に到達しています。
 チェスはIBMが会社を挙げて取組んだ結果、1989年には世界チャンピオンのガルリ・カスパロフと対戦して惜敗するところまで到達し、ついに96年にコンピュータとして初めてカスパロフに1勝します。ただし、対戦成績は1勝3敗2引き分けでした。
 ところが翌年は2勝1敗3引き分けで、ついにコンピュータが試合全体で世界チャンピオンに勝ったことになりました。

 しかし、将棋は時間がかかっています。
 チェスより升目が多いことも問題ですが、最大の問題は相手から奪った駒を自分の駒として使うことができるという規則です。
 そのため開発が始まったのはチェスよりも遅く、1974年からで、それから苦節40年、先程御紹介したように、ようやく人間の専門家に勝つ程度まで発展してきました。
 囲碁については升目の数が将棋のほぼ4倍もあるうえに、初期の段階の大局観をもって布石するのが難しく、今年3月20日に石田芳夫二四世本因坊が4目を置いてコンピュータと対戦し、一勝一敗でしたが、石田本因坊の評価は「アマ6段程度の力だが、プロレベルにはまだまだ」というものでした。

 しかし、このようにコンピュータが着実に力を付けてきた背景には、コンピュータの価格あたり性能が格段に向上していることです。
 IBMがカスパロフに勝ったときのコンピュータは、当時の世界最速のスーパーコンピュータで、数十億円はする機械でした。
 ところが、今回の将棋電王戦で使われているコンピュータは、数十万円のPCですが、それでも1秒に100万手くらいを読むことができます。
 しかし、最大の進歩の原因はソフトウェアの進化です。
 第一は古今東西の棋譜をコンピュータに入力すると、コンピュータが自分で学習していく機械学習が可能になったことです。
 それによって最強のソフトウェアは江戸時代以来の数万の名棋譜を学んで強くなっています。
 第二は手筋を読んで行くときに、これまでは網羅的に評価をしていたのですが、現在は不要な部分は切り捨てて、有望な手筋を深く追求する取捨選択の能力を持つようになったことです。

 その能力を象徴することが米長永世棋聖との勝負のときに発揮されました。
 米長永世棋聖は十分に研究し、古今東西の棋譜を勉強しても登場しないような奇手の連続で局面を複雑にし、コンピュータを混乱させようとしました。
 ところがコンピュータは冷静に飛車を左右に動かすだけの手を続け、米長永世棋聖がじれて普通の手を打つまで待機し、そうなった途端に一気に攻めて勝ったという人間並みの知能を発揮したのです。
 まさに人工知能が実現し、このような能力が、言語の翻訳や監視カメラに写った顔の認識など、急速に実用的な応用にも利用されています。

 この先どのような展開になるかですが、コンピュータが人間の打つ手から相手の心理を分析し、イライラしていると判断すると、ここは負けてあげようと手抜きする段階にまで到達するかもしれません。
 実際、人工知能が活躍している分野に「癒しロボット」があります。 
 「世界一セラピー効果がロボット」としてギネス世界記録に登録された日本製の「パロ」というアザラシの子供の形をしたロボットがありますが、これは相手の心理を憶測しながら、自閉症の子供や認知症の老人に対応して癒してくれるものです。
 少子高齢社会で人間が減少し、ロボットを相手に生活する空想科学小説の世界に描かれた時代が到来する可能性もありますが、あくまでも開発する人間が主体を持って開発の方向を考えることが重要になると思います。





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