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論文

 昨年11月に3Dプリンターという技術が社会を変える可能性があるという話題を紹介させていただきましたが、この半年で一気に発展してきましたので、最新事情を紹介したいと思います。
 一昨年、公開されたトム・クルーズ主演の「ミッション・インポッシブル4:ゴースト・プロトコル」の中に、敵の顔写真をもとに変装用のマスクを制作する場面があります。
 小型スーツケース程度の箱を開いて、撮影した顔写真の情報を入力すると、数分で変装用の樹脂のマスクが完成するという場面です。
 3Dというのは3次元という意味ですが、この場面が示すように、これまでの印刷のように2次元の紙に印刷するのではなく、3次元の物体を印刷技術によって作ってしまうという技術です。

 このような技術は1980年代から存在していましたが、最近、一気に爆発しているのは、装置の値段が安くなったことです。
 かつての3Dプリンターは数億円していましたが、現在、もっとも安い装置は299ドル、すなわち3万円ですから、パーソナルコンピュータに接続する家庭用のプリンターと変わらない値段で手に入る時代になっています。
 もうひとつ必需品が立体物の形状をデジタルデータにするスキャナーですが、これも卓上に置けるような装置が430ドル、4万円程度で販売されています。
 それでもたまにしか使わないから高いと思われる方は、アメリカの「テックショップ」のように、様々な装置を時間貸ししてくれる工房も東京に登場しましたから、そこで試すことも可能です。

 この技術によって何を作るかですが、手始めは人形のようなフィギュアです。
 最近では家族の記念写真の代わりに、記念彫刻を作るという動きも始まっていますし、蝋人形の代わりに実物大の彫像を作るという例も登場しています。
 アメリカの首都ワシントンにあるスミソニアン博物館に飾られている第三代大統領トーマス・ジェファーソンの等身大の彫像は、3Dプリンターで作られたものです。
 医療も重要な応用分野で、歯のインプラントをするときに立体模型を作って確認するとか、脳の手術をするときに、頭蓋骨の実物大の模型を作って確認するという事例が登場しています。
 建築家は建物を設計すると2次元の設計図にしますが、これまでは透視図を描くか、手作りの模型を作って施主に説明していました。
 しかし、最近では3Dプリンターで作った模型を使用しています。

 ところが、超大型の3Dプリンターを使って、模型ではなく建物本体を作ってしまう技術が登場しました。
 アメリカの南カリフォルニア大学では、縄文土器を作るように、3Dプリンターのノズルから細長い紐状にコンクリートを吹き出して積上げていくという方法で実物大の建物を作っています。
 この応用の一つが月面基地を自動で作るという計画で、月面に巨大な3Dプリンターを設置し、材料は月の表面にある砂を使って、地球から設計図を送ると基地が完成するという仕組です。
 アムステルダムでは運河沿いの土地に3階建ての建物を作るプロジェクトが進行しており、これは大型の3Dプリンターで壁面のパネルを製造し、それを組立てるという方法のようです。
 このような技術が進んでいけば、ニュータウンを建設するときに、街全体を印刷機で作ってしまうことも夢ではなくなります。

 アメリカの軍事研究をおこなう「DARPA」という組織では、大型の3Dプリンターで戦車を製造する技術の開発を行っています。
 この技術が実現すれば、アメリカの工場で製造した戦車を世界に送って配置するのではなく、各地に3Dプリンターを設置しておいて、設計情報だけを通信で送れば、それぞれの戦場付近で武器を次々と生産できることになるというわけです。
 物体を通信で遠方に送るというテレトランスポーテーションはSF小説やSF映画の話題でしたが、ついに実現する時代が到来したことになります。

 一方で、社会問題も発生しています。
 アメリカの「ディフェンス・ディストリビューテッド」、あえて訳せば「社会に浸透する防衛」という名前の組織が、15か16のプラスチックの部品を3Dプリンターで"印刷"し、それを組立てるとピストルが製造できるという技術を開発し、その設計図を5月初旬にインターネットで公開しました。
 実際に実弾を発射している画像も公開されていますが、この設計図は世界中で10万回以上ダウンロードされたそうですから、3Dプリンターさえ利用できれば、各地でピストルを製造できることになります。
 このピストルは「リベレータ(解放者)」名付けられていることからも推測できますが、設計した大学院生はモノの生産を政府が規制することに反対し、だれでも必要なモノを生産できる社会を目指すのだと言っています。

 以前も御紹介しましたが、アメリカの未来学者アルビン・トフラーが情報通信技術は生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマー)の境界を低くし、必要なものを自分で生産するプロシューマーと名付けられる人々が登場すると予言したのが30年前ですが、これからはインターネットから家庭電化製品の設計図をダウンロードし、その情報をテックショップのレンタル3Dプリンターで印刷するというプロシューマー時代が到来するかも知れません。

 このような時代を目指して、アメリカでは昨年3月にオバマ大統領が「全米製造産業変革ネットワーク(NNMI)」、すなわち3Dプリンターで製造業に革命を起こすという構想を発表し、30億円を投入し、さらに8月には、5省庁、40企業、11大学が参加する組織も設立されています。
 実は3Dプリンターという概念を最初に発想したのは日本だったのですが、5月に発表された安倍内閣の「第三の矢」では、わずかに触れられているだけです。
 「ものづくり大国日本」を復権させる革命に乗り遅れない大胆な発想が必要だと思います。





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