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論文

 先週の3日土曜日に宇都宮で「狩猟の魅力まるわかりフォーラム」という公開の催し物が開かれました。
 猟銃を製造している会社の宣伝かと思われるかも知れませんが、主催は環境省で、後援に農林水産省、警察庁、大日本猟友会、全日本狩猟倶楽部などが名前を連ねている公的な行事なのです。
 しかも今回が最初ではなく、昨年は10月に長野県松本市で最初に開かれて以来、今年の3月までに岩手、福岡、東京など全国9都市で開かれ、今回、宇都宮で開かれたのですが、以後も全国各地で7回開かれる予定です。
 内容はハンターの講演や狩猟の模擬体験、さらには野生の鳥獣の肉(ジビエ)の試食会など盛りだくさんなのですが、そのような行事を環境省が頻繁に主催するのには深刻な理由があるからです。

 全国でシカ、イノシシ、サルなど、野生の動物が増加して農作物の被害だけではなく、高山植物が食い荒らされるような環境への影響も各地で問題になり、人間への被害も増えているのですが、それらを狩猟するハンターの人数が減るとともに、高齢者の比率が増えて今後の事態が憂慮されるため、より多くの人々に狩猟に関心をもってほしいという背景があるのです。
 狩猟をするためには狩猟免許が必要ですが、その保有者は1975年には52万人近くいました。ところが2010年には19万人と3分の1近くにまで減っていますし、60歳以上の方が65%にもなるという状況です。
 したがってシカを追って急峻な山肌を登って行くのは大変だということで、東京都の奥多摩町では東京都のヘリコプターでハンターを山頂まで運び、下山しながら狩猟をする方法がとられているほどです。

 一方、野生動物は急速に増え、私が和歌山県の古座川にカヌーに行くときに泊めていただく山奥の家があるのですが、その前の野原には、夜になるとシカ、イノシシ、タヌキ、ウサギ、イタチ、アライグマ、ハクビシンなどが次々に出没し、サファリパークのような状態です。
 これは和歌山県だけのことではなく、全国各地に出現している景観で、いくつかの事例を紹介してみます。
 静岡県が昨年まとめた「特定鳥獣保護管理計画」によると、ニホンジカが伊豆半島、富士山麓、南アルプスの3地域で増えていますが、伊豆半島南部では適正な頭数が平方キロメートルあたり1〜2頭のところ26頭、富士山麓では22頭という過密状態です。
 そのため伊豆半島ではワサビやシイタケの被害が年間1億2000万円、一般の農作物の被害が2000万円にもなっています。
 そこで頭数の削減目標が作成されているのですが、ハンターの人数がこの10年間で7350人から5900人に減り、60歳以上の比率は40%程度から64%にも増えているので、目標達成は難しい状態です。

 北海道ではエゾシカが大問題で、64万頭が棲息していると推定されており、毎年6〜8万を駆除していますが、エゾシカは毎年15〜20%で増加するので駆除が追いつかない状態です。
 農業被害は毎年50億円以上になりますが、道路でエゾシカと自動車が衝突する事故も年間1800件、列車と衝突したり列車が急停車する事態が2000件程度発生しています。
 私もときどき札幌から帯広や釧路へ列車で行くことがありますが、いつも1回か2回は急停車するという経験をしています。
 そこで北海道では農地や道路、鉄道にエゾシカが入り込まないように高さ2〜3mのナイロンの網や電気柵を張り巡らしていますが、いまやその延長の合計が4000kmを超えました。
 これは北海道と九州を往復する距離で、まさに万里の金網という状態です。とりわけ知床半島の付根にあるウトロという温泉で有名な地区は市街地全体が金網で囲まれている状態です。

 このような状態になった原因は、
  開発が進んで人間が野生動物の住処であった場所まで進出した
  針葉樹の植林が進んでシカなどの食べる草木が減ってきた
  暖冬の影響で冬に飢え死にする比率が減った
  野生動物の肉の需要が減って狩猟が行われなくなった
  ハンターの高齢者比率が増加して狩猟が十分にできなくなった
  オオカミとエゾオオカミが絶滅して天敵がいなくなった
などが挙げられます。
 そのためハンターの減少が主要な原因ではないという理由で、ハンターを増やす政策に反対する市民団体も存在します。
 それらの人々が主張する森林の復元も行う必要はありますが、自然界の食物連鎖の頂点に位置していたオオカミを絶滅させたのは人間ですから、人間が責任をとって生態系のバランスを回復することは必要だと思います。

 現在の4分の1程度の人口であった江戸時代にも、農民が所有していた火縄銃は150万丁で現在の日本のハンターが所有している猟銃の5倍であったという数字もあり、環境省が始めた冒頭のフォーラムも意味があると思います。
 そのような事情を背景とした、新しい動向もあり、2006年から東京農工大に「狩り部」というクラブができ、現在、他大学の学生も含めて約30人が狩猟について勉強していますし、その影響で北海道にある酪農学園大学にも部員約50名の「狩り部」ができました。
 このように若い人々が関心を持つことは心強いことですが、ヨーロッパやアメリカでは野生動物の肉(ジビエ)は牛肉や豚肉よりも美味しく、高級な肉とされています。
 明治時代にはエゾシカの肉は缶詰にして輸出していたこともありますから、輸出するにしろ自国で消費するにしろ、あらゆる生物の最強の天敵である人間がジビエに目覚めることも生態系のバランスを取るために必要なことだと思います。





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