TOPページへ論文ページへ
論文

 昨日で2011年の東日本大震災が発生してから2年半になりました。
 津波のために家を流され、2年以上、宮古市内の仮設住宅で生活していた友人が自宅を新築したので、先週末、御祝いに行ってきました。
 今度は標高50m以上ある海の見える高台を選び、津波の影響はない場所で一安心でした。
 そこで2年半前の津波のしばらく後にも行ったことのある、流された住宅のあった田老地区に改めて行ってみたのですが、色々と疑問を感じることがありました。
 田老地区というのは宮古市の中心から海岸に沿って15kmほど北に行った場所で、市町村合併するまでは田老町という自治体でした。
 ここは入江の奥の砂浜に広がる漁村でしたが、その形状から1611年の慶長三陸津波のときも、1896年の明治三陸津波のときも、さらに1933年の昭和三陸津波のときも、集落全体が消滅し、多数の人々が亡くなる被害に合いました。

 そこで昭和三陸津波の直後から、海岸に沿って、高さ10m、総延長2・4kmにもなる「田老の万里の長城」といわれる防潮堤を二重に建設しました。
 これは1960年のチリ津波のときには完全に集落を守り、奇跡と騒がれましたが、今回の津波では役に立たず、堤防もかなり破壊され、低地の集落は跡形もなく流されてしまいました。
 この1933年の昭和三陸津波の直後、東京大学の地震学の教授であった今村明恒博士が高台に移転するように提案しましたが、結局、漁師が海を離れては生活できないなどの理由で、巨大な防潮堤が建設されたのです。
 しかし今度は高台に移転する政策が実施され、海岸に近い山の斜面が造成中でした。

 それは結構なことですが、壊れている防潮堤の足元まで行ってみると、工事が始まっており、そこにある看板を見たところ、堤防の建設されている地盤が70cmほど沈下したので、既存の防潮堤の上部に高さ70cmのパラペットを追加して10mの堤防に復旧するという図面が掲示されていました。
 ところが、説明文を読むと、さらに海岸に近い位置に高さ14・7mの防潮堤を追加するという説明が書いてあるのです。
 問題は、その防潮堤で守られる内側の土地は住宅などを建ててはいけないと規制され、友人もかつて住居のあった土地は宮古市に買上げてもらう手続きをしたということです。
 やや極端に言うと、公園か緑地になる土地を守るために巨費を投じて防潮堤を建設するということになります。

 そこで改めて調べてみると、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の撮影現場となって有名な岩手県北部の久慈市あたりから、奇跡の一本松で有名になった南部の陸前高田市まで、釜石湾の高さ6・1mから田老海岸の高さ14・7mまで24個所に巨大な防潮堤が建設される計画で、その延長は66・6kmで工事費は2810億円にもなります。
 さらに南側の宮城県では延長163kmで工事費は3140億円、福島県では工事費2250億円の防潮堤が計画されており、合計8200億円にもなります。
 これは国土交通省が示した計算基準によって各県が計算した結果ですが、問題が山積みです。

 まず人工の施設が自然の威力に対抗できるか疑問ということですが、その証拠が釜石湾口防波堤です。
 これは1978年から30年かけて2008年に完成した長さ990mと670mの防波堤で、1200億円の工事費を投入して深さ60mの海底から立ち上げたということでギネスブックに登録されていた構造物でした。
 ところが今回の津波で崩壊し、まさに海の藻屑となってしまいました。また、奇跡の一本松のあった陸前高田の海岸に230億円の費用で2本の防潮堤が建設されますが、海側の1本は深さ30mもある軟弱な干潟の地盤に建設され、同じような問題が発生しかねません。

 次に東京大学の専門家の意見によると、防潮堤の耐用年数は60年程度であるから、老朽化を防ぐためには毎年膨大な補修費がかかるのですが、その費用は見込まれていません。
 数百年から1000年に一度の津波に対処する防潮堤という前提ですが、そのときまで維持するためには膨大な維持補修費がかかるのです。
 さらに、14mというのは5階建ての建物に相当する高さですが、海岸に延々と建設されれば景観も台無しになってしまうという問題もあります。
 気仙沼市の大谷海岸は環境省が選定した「快水浴場百選」に選ばれている海岸ですが、ここにも高さ9・8mの巨大堤防が予定されており、海岸は台無しになってしまうのです。

 公平のために、集落を守った防潮堤もあるので、紹介しておきます。
 三陸海岸の北部にある人口約3000人の普代村は、1970年に建設された高さ15・5m、全長130mの防潮堤で守られていましたが、今回の津波は防潮堤を1mほど乗越えたものの、約1000世帯が生活する集落までは到達せず、港に船を見に行った男性が1人行方不明になった以外は無事でした。
 このような例もありますから、すべての防潮堤が無駄ということではありませんが、このまま進めば、東北地方の太平洋側の3県の海岸の相当部分が海と隔てられますし、これが前例となれば、東南海地震や南海地震の対策として、太平洋岸の大半の海岸をコンクリートで固めることにもなりかねません。

 安倍政権の重要施策として「国土強靭化計画」が挙げられていますが、このように土木事業で国土を堅固にするだけではなく、人口も減少して行く社会を前提とすれば、安全な場所を選択して生活する計画や、迅速に避難する仕組を用意する政策など、ハードウェアのみに依存しない強靭化も検討すべきではないかと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.