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論文

 9月18日にアメリカの証券取引委員会(SEC)が、企業の最高経営責任者(CEO)の報酬が従業員の給与の何倍になっているかの情報を公開することを義務づける規則を提案しました。
 内容は、従業員の年間給与の中央値、すなわち従業員全員を年間給与の順番に並べたとき、丁度半分の順位になる従業員の年間給与とCEOの報酬の比率を計算して公開するということです。
 これから60日間、関係者の意見を聞くパブリックコメントの期間が設けられ、それによって最終的な制度が決定するのですが、ここに到る経緯をまず振返ってみます。
 制度としては2010年の金融規制改革法に盛り込まれ、翌年には企業の取締役会が決めた役員報酬について、株主総会で株主が賛否の意見を表明できる制度もできたのですが、拘束力がないため、情報公開を強化しようということが狙いです。

 その背景は、この比率が異常に増大しているという現実です。
 アメリカのシンクタンクの計算によると、1970年代には25倍、80年代は60倍、90年代には120倍と格差は次第に拡大してきたのですが、2000年代になって一気に380倍と上昇してきました。
 仮に従業員の給与の中央値を600万円とすれば、CEOの報酬は23億円という計算になります。
 そのような異常な状況の中で2008年にリーマンショックが勃発し、一旦は200倍を切るまでに低下しましたが、またじわじわと上がり、昨年は270倍を超えるまでに復活してきました。

 日本においても2010年3月から役員報酬の開示制度が実施され、実態が明らかになってきました。
 日本の場合は上場企業で報酬が1億円以上の役員の名前と金額を発表する制度ですが、それを元に中央値ではなく従業員の平均給与で倍率を計算してみると、2010年の場合、最大の日産自動車で142倍(約9億円)、2位の大日本印刷で122倍(約8億円)、10位のセガサミーで59倍(約4億円)ですから、アメリカに比べれば可愛いものです。

 このような数字は社員からみれば憤懣やるかたないことでしょうが、一方、経営者の視点では十分な業績を達成していれば文句をいわれる筋合いはないと言いたいかもしれません。
 それでも政府が牽制をするような制度を実施するのは、経営者が高額報酬を期待して短期の利益追求に走りがちになることと、さらに重要なことは社会に不平等感が広がり、社会不安に繋がりかねないという配慮があるからです。
 実際、アメリカでは2011年9月からニューヨークで「1%は金持、99%は貧乏」などの掛声でウォール街占拠デモが発生し、イギリスやイタリアなどヨーロッパ各国へも波及しました。
 日本ではそれほど極端な抗議運動は発生していませんが、1970年代は「一億総中流時代」と国民は平等感を満喫していましたが、2001年から2006年の小泉内閣の規制緩和政策によって、年収300万円以下のサラリーマンの比率が35%から39%に増え、生活保護世帯の数も80万から120万に増えており、確実に格差社会へ向かっていると思います。

 このような社会格差を全般的に示す指標として「ジニ係数」があります。
 これは社会の全員が完全に平等な収入を得ている場合に「0」、1人だけが全収入を得て、残りは収入ゼロの場合に「1」になるように計算します。
 したがって、数字が大きくなるほど格差が拡大している社会ということになります。
 ジニ係数には、税金を引かれるたり社会保障を受取る前の当初所得をもとに計算した数値と、直接税を支払う一方、社会保障給付金や現物支給を受けた後の再配分所得をもとに計算した数値があります。
 当然、後者の方が現実の生活水準を反映していますから、比較するのは一般に再配分所得による数値が使われます。

 世界各国について共通するのは年毎に数値が増加する、すなわち格差が拡大していることですが、数字が揃う2008年前後で比較してみると、もっとも低い国がスウェーデンで0・26、フランス、ドイツが0・29、カナダが0・32、日本が0・33、イギリスが0・34ですが、アメリカは一気に0・38で、ウォール街占拠デモが発生するのも根拠があるということになります。
 一般に、この数字が0・4を超えると警戒ライン、0・6を突破するといつ社会不安情勢が発生してもおかしくはない危険ラインとされています。
 国連が計算している数値で危険ラインの0・6を越えている国を探してみると、ボツワナ、中央アフリカ、レソト、シエラレオネ、スワジランド、ジンバブエ、ナミビアなどアフリカ大陸に集中しています。
 それ以外に大国で0・4の警戒ラインを越えている国はブラジル(0・58)、南アフリカ共和国(0・58)、チリ(0・54)、イラン(0・43)、メキシコ(0・47)、タイ(0・42)などですが、頻繁に騒動が発生している状況を反映しています。

 実はジニ係数が急速に増大している大国があります。中国です。
 2000年にすでに0・41で警戒ラインを突破していましたが、2002年に0・43、2004年に0・44と増大してきました。
 ここで中国政府は数値の発表を停止し、以後は経済学者が推測している数字になりますが、2006年に0・46、2008年に0・47、2009年に0・52、そして2010年には0・62と危険ラインも突破してしまいました。
 実際、中国国家統計局が発表している2011年の数字で、所得上位10%の階層は下位10%の23倍の所得があり、上位10%の階層が総資産の40から50%を占有する一方、下位10%の階層は2%でしかないという数字もあります。
 世界最大の経済大国アメリカが0・4に接近し、第二の経済大国中国が0・6を突破しているうえに、2010年の世界全体のジニ係数が0・44というのが現在の世界情勢です。
 この格差社会を是正する努力をしていかないと、不平等感が世界を破綻させることになりかねない状況なのです。





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