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論文

 東日本大震災が発生してからほぼ1000日が経過しましたが、この時期に対照的な出来事が発生しています。
 ひとつは一般財団法人防災検定協会が主催する「ジュニア防災検定(JBK)」の初級と中級の最初の検定試験が今週の12月8日に実施されたこと。
 もうひとつは12月4日の参議院本会議で「国土強靭化基本法」が賛成136票、反対40票で可決成立したことです。

 まずジュニア防災検定ですが、東日本大震災から1年が経過したことを契機に、昨年3月11日に子供と防災の現状を憂う有志が懇談会を始め、その結果、今年5月に一般財団法人防災検定協会が設立されました。
 初代理事長が「NHKニュースおはよう日本」のキャスターをされ、その後語り部として活躍しておられる平野啓子さんが就任されたことでも話題になった財団です。
 この活動の背景になっているのは、一昨年の津波のときに宮城県石巻市の大川小学校では全校生徒108名のうち74名、先生13名のうち10名が津波で死亡したり行方不明になったのに対し、岩手県釜石市では14校の小中学校の約2931名の生徒のうち、残念ながら5名が亡くなりましたが、2926名は無事避難し、「釜石の奇跡」といわれる避難活動が実現したことです。

 この奇跡は津波銀座と言われ、慶長、明治、昭和の大津波の度に集落が壊滅した岩手県田老町(現在は宮古市田老地区)で1990年に開催された「全国沿岸市町村津波サミット」で誕生した「津波てんでんこ」という標語が守られたことと、群馬大学の片田敏孝教授の指導で避難訓練がなされていたことです。
 「てんでんこ」は「各自が」とか「勝手に」という意味で、津波が来たら回りのことを考えず、とにかく自分だけでも高台に逃げろという行動指針です。
 避難訓練は片田教授が2006年から釜石市で始められた活動です。
 当初、片田教授が三陸地方で避難についての講演をしても大人があまり関心を示さず、子供も親と連絡が取れるまで自宅で待っているなど、間違った考えであることを実感し、子供に防災教育や避難訓練をすることが重要だと始められたものですが、今回、その訓練が効果を発揮したわけです。

 この子供への教育が重要だという経験を生かそうと始まったのが今回の「ジュニア防災検定」で、3段階でおこなわれます。
 第一段階は事前に与えられた課題、例えば、家具の転倒防止や安否の確認方法を家族と話し合ったかなどについて記載したレポートを試験当日に持参する
 第二段階は会場での筆記試験で、一例として「書物」「タオル」「プラスチック容器」「ガラスビン」を4段の棚の何段目に置くかというような問題に30分から40分で回答する
 第三段階は検定試験から40日以内に、防災地図を作成、防災年表の作成などについて自由研究した成果を提出するという内容です。
 大阪では約50人、東京では約150人が参加し、それ以外に学校単位でも受験が行われ全国で2000人が参加したとのことです。

 第二の「国土強靭化基本法」ですが、法律の基本理念は多極分散型国土を形成し、大規模災害発生を未然に防止するとともに発生したときも機能を代替し政治経済社会活動が持続できるようにするために複数の国土軸を形成するなどと書かれています。
 それはともかくとして、列挙されている基本的施策は東日本大震災の復興の推進、強靭な社会基盤の整備、エネルギー安定供給の確保など、どちらかといえばハードウェアの整備が中心で、これから3年間を国土強靭化集中期間の第一段階とし15兆円を追加投資すると説明されています。

 その一部として今回の津波で被害を受けた岩手、宮城、福島の海岸に長大な防潮堤を建設する計画が進行しています。
 この番組でも9月に一度取り上げ、防潮堤計画に疑問を呈しましたが、ほとんど反響はありませんでした。
 ところが先週の12月4日の自由民主党の環境部会に首相夫人の安倍昭恵さんが出席され、防潮堤の建設の再考を訴えられました。
 「必要な個所は造ればいいが、必要のない個所では、景観が壊され、海の生態系が変わって環境も破壊され、漁業にも影響するかもしれない」という趣旨です。
 そこでこの問題を改めて検討してみたいのですが、私が調べたところでは、3県の1700kmある海岸線の19%に相当する317kmで、既存の防潮堤を嵩上げするか新設する計画が進んでおり、予算が8200億円になっています。
 その一部である宮古市田老地区へ行ってみたのですが、田老の万里の長城といわれた高さ10m、延長2・4kmの既存の防潮堤が70cm沈下したので10mに嵩上げするとともに、外側に14・7mの防潮堤を新築するという計画が掲示されていました。
 問題は周辺では高台移転のために山を切り崩して住宅地を造っているし、防潮堤が守る平地は野球場や公園になるので、二重の防潮堤で防御することが適切かどうか疑問があるのです。
 また、気仙沼市では砂浜の海水浴場である大谷海岸に高さ9・8mの防潮堤を建設する計画や、環境省が「快水浴場百選」の特選に選定した小田の浜海水浴場の白砂青松の海岸にも高さ11.8mの防潮堤が建設される計画です。
 さらに奇跡の一本松で有名になり、津波の災害以前は「日本の白砂青松100選」にも選ばれていた陸前高田の高田松原も眼前に二重の防潮堤が建設される計画です。

 岩手県普代村のように15mの防潮堤が役立った集落もありますから、首相夫人が言われるように「必要な個所は造ればいい」ことは確かですが、1933年の昭和三陸津波のときに今村有恒地震学会会長が提言されたように、安全な場所に移転するのが最良の方法ですし、今回の津波でも大半の防潮堤は津波を防ぐことは出来ませんでした。
 釜石の生徒の避難訓令を考えれば、人工物に依存する強靭よりも、人間の行動による強靭のほうが効果があるし、経済的にも効率が良いことを考えるべきだと思います。





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