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論文

 今日は何の日といえば「海苔の日」です。
 何の日というと、昨日2月5日は2と5で「双子の日」、明日は2と7で「フナの日」というように語呂合わせが多いのですが、今日の「海苔の日」は1300年以上の歴史を背景にした由緒ある記念日です。
 西暦701年、大宝元年に日本最初の法体系である「大宝律令」が制定されたのですが、その中の税制で、各地の特産物を年貢として中央政府に納めることが決められました。
 その特産品のうち29種類は海産物ですが、そのうち8種類が海草で、そのなかに海苔も含まれています。
 その8種類の海草のうち、紫菜(むらさきのり)は男子一人あたり納める量が「アラメ」の7分の1、「ミル」の3分の1程度と決められていましたから、他の海草に比べて海苔が当時からもっとも価値のある産品であったことが分かります。
 大宝律令が施行されたのは大宝2年1月1日ですが、この日を現在の暦に換算すると2月6日になるので、1966年に全国海苔貝類漁業協同組合が2月6日を「海苔の日」に制定したものです。
 700年頃から年貢になるということは、それ以前から広く生産され食用になっていたわけですが、「常陸国風土記」には日本武尊(やまとたける)が茨城県の霞ヶ浦を巡回したとき、海苔を乾かしている光景を見て、一帯を「乗浜(のりはま)」と名付けたという記述があるそうです。
 これは2世紀初期と推定されますから、その頃からすでに生産されていたことになります。
 そして平城京には海草を販売する「にぎめだな」や海苔や昆布を佃煮にした製品を売る「もはだな」という市場があったそうです。
 年貢にも指定されるということは貴重な食品で、一般の人間の口には入らなかったということですが、次第に普及し、江戸時代に出版された「絵本江戸土産」には名物浅草海苔として海苔を売っている店の風景が描かれていますし、地方から江戸へ来た人の持ち帰る土産の代表にもなっていました。
 そのようにして海苔が全国に浸透し、宝暦4(1754)年に出版された「日本山海名物図会」には江戸浅草海苔だけが名産として載っていますが、明治8(1875)年の「日本産物誌」には全国20の地域の名産として紹介されています。

 海苔は日本人に愛好されてきた食品ですが、外国人には不思議な食品のようで、江戸時代には庶民が「海苔巻き」を食べる様子を見た外国人が「日本人は木と紙の家に住んで、黒い紙を食べる」と不思議そうに記録しています。
 余談ですが、1960年代にカリフォルニアで「カリフォルニアロール」という寿司が誕生しています。
 これは海苔を外側に巻くのではなく、内側に巻き込んだ巻き寿司ですが、アメリカ人が海苔を気味悪がって剥がして食べていたので、日本人の職人が工夫した産物です。しかし現在では日本に逆輸入されています。
 これらの例で分かるように、世界で海草を食べる民族は少なく、最近でこそオーガニックフードとして海草が食材になりはじめましたが、伝統の食品としてはウェールズで佃煮のような海草のペーストをパンに塗って食べる例がある程度のようです。

 司馬遼太郎さんの「アイルランド紀行」に、アイルランド人が海草を食べる習慣があれば、ジャガイモ飢饉も被害を少なくすることが出来たのではないかと書いておられます。
 実際、アイルランドのアラン島では岩の隙間に海草を敷いて土壌を作るのに使っていることが有名ですが、食用には使っていません。
 また、南米大陸の南端をカヤックで周回したときに、キャンプをしている海岸に若布のような海草があるので、醤油で煮たところ、美味しい海苔の佃煮になったのですが、現地の人たちは見向きもしませんでした。
 この背景には、日本人の腸の中には海草に含まれる多糖類を分解する酵素を作る遺伝子があることが発見されたという学術論文がイギリスの科学雑誌「ネイチャー」に発表されていますが、その効果かも知れません。

 長年、海苔は海岸の岩に生えた岩海苔などを採集していましたが、江戸時代になり、品川から大森にかけての海岸で養殖が始まります。
 その契機は徳川家康の魚好きにあります。
 将軍家に毎日のように新鮮な魚を届けるために、品川の漁民が海岸に生け簀を作っていたのですが、その生け簀を作っている竹や木に海苔が付いて育っているのを発見し、現在のように海中に粗朶(そだ)を立てて養殖を始めたと言われています。
 そこで高価であった海苔が庶民の口に入るようになり、江戸土産の定番にもなったのですが、当時は海苔が繁殖する仕組が分からなかったため、生産は安定しませんでした。
 ところが、戦後の1949年になってイギリスの学者キャサリン・ドゥルー教授が海苔の生育の仕組を解明し、人工養殖が発展することになり、生産が拡大し安定するようになりました。
 ドゥルー教授は日本の海苔生産の恩人とされ、日本第一の海苔生産地である佐賀県の有明海を見下ろす丘に1963年に顕彰碑が建立されています。

 現在、海苔は中国や韓国でも養殖され食用にもなっていますが、日本が圧倒的に生産し消費もしています。
 海苔は素晴らしい食品で、ビタミンやミネラルを豊富に含んでおり、重量あたりビタミンB1はウナギの3倍、牛乳の30倍、ビタミンCはそれぞれ80倍と160倍です。
 ミネラルについても、カリウムは牛乳の20倍、大豆の2倍、マグネシウムは30倍と1・5倍です。
 また北里大学の山本一郎(元)教授の実験によるとガンを抑制する効果や予防する効果もあるとされていますし、東京工業大学の坂上良男名誉教授の実験では胃潰瘍を予防する効果も報告されています。
 昨年12月、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、和食の重要な食材である海苔も見直すと良いと思います。





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