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論文

 日本では先週8日土曜日の深夜に実況放送された、ソチ冬季オリンピックの開会式をご覧になって感動された方も多いと思います。
 5個の雪の結晶が花開いて5輪のオリンピックマークになるはずが右上だけ開かなかったというアクシデントや、日本選手団の入場のときに床面に映された日本地図の北方四島の周辺は雲がかかったようになっているという政治的配慮など細部の話題もありますが、ロシアの歴史を短時間で表現する演出はなかなかの内容でした。
 その中でも帆船が荒波の中を進んで行く場面や、宇宙空間を宇宙船が進んでいく場面など、美しいとともに、どのような方法で表現しているか関心を持たれた方も多いと思います。

 これらは、ここ数年、話題になっている「プロジェクション・マッピング」という技術を駆使して演出されたものです。
 プロジェクションは投影する、マッピングは物体に貼付けるという意味で、写真やコンピュータで作成した映像を建物などの表面に強力なプロジェクターを使って映し出す技術です。
 歴史を辿ってみると、このような演出は以前からあります。
 例えば、エジプトのギザのピラミッドやスフィンクスの前では、数十年前から「サウンド・アンド・ライト・ショウ」が毎晩開催されています。
 最近ではレーザー光線や映像の投影も行われていますが、私が見物した40年くらい前には、投光器でピラミッドやスフィンクスを照らし、古代の戦争の様子やナポレオンがエジプト遠征に到来したときの様子を音響とアナウンスで表現していました。

 その後、登場したのが「ライトアップ」で、建物の下の方から照明を当てて、昼間とは違う感じの建物を見せるという程度ではなく、その照明を次々と変化させて建物の歴史を物語にして見せる「スペクタクル」という演出がヨーロッパで流行し、フランスのランスにある大聖堂では30分近い物語として披露されています。

 しかし、最近では強力なプロジェクターとCGの技術が進歩し、建物の表面などに遠方から単純な照明ではなく、映像を投影する時代に入りました。
 これが「プロジェクション・マッピング」です。
 日本では東京スカイツリーの開業直前に、隣接する31階建ての東京スカイツリー・イーストタワーの壁面に映像を投射するショウが行われました。
 しかしこれは、建物のガラスの壁面をスクリーンに使った単純な2Dプロジェクション・マッピングでした。

 ところが、東京の成蹊学園が創立100周年を迎える2012年の前年に、3階建ての校舎の壁面に映像を投影し、集まった関係者を驚かせました。
 これは校舎の表面の凹凸などを生かした映像で、3Dマッピングの日本での走りで、それ以後、多くの方がご覧になった東京駅の丸の内側の壁面を使用した「トウキョウ・ヒカリ・ビジョン」が2012年に行われ、昨年の札幌の雪祭りでは1880年に建設されたホテル「豊平館」を雪像で作り、その壁面を使用した3Dマッピングを行い、流行現象になってきました。

 しかし、時代は4Dマッピングに発展しています。
 やや遡りますが、最初は2010年11月に、ポロマークで有名なファッションメーカー「ラルフローレン」がニューヨークとロンドンの古典様式の本社の建物の壁面に様々な映像を投影するだけではなく、出入り口のアーケードの奥からから人間ではない映像のファッションモデルが出てきて、ファッションショウのように建物の前を歩き回るという、奥行のある映像を駆使して、この世界では革命的と評価されるショウをおこないました。
 これは映像に前後の奥行きを追加したということで、4Dマッピングと名付けられました。
 さらに、観客に向けて香水が噴霧され、4D+香りという演出になり、ユーチューブでの映像が187カ国で合計数百万ヒットになる大成功でした。

 そして今回のソチの冬季オリンピックの開会式は、さらに飛躍したのです。
 何が飛躍かというと、これまではあらかじめ制作してある実写の映像やコンピュータ・グラフィックスの画像を投影するだけでしたが、今回はバレリーナやオペラ歌手をはじめ3000人の人間が映像と一体となって場面を構成するようになったのです。
 荒波の中を進む帆船の甲板を実際の人間が扮したピュートル大帝や軍人が歩く場面や、トルストイの『戦争と平和』に登場する大舞踏会の場面では、投影されたホールの内部で、多数の男女がダンスをするというように、映像と人間が一体となって壮大な表現を実現しました。
 ちなみに、この演出には最新鋭のプロジェクターが100台以上駆使されたようで、大国ロシアの威信をかけた大規模なものでした。

 今回のように映像と現実の空間や人間が一体となる技術は「オーグメンテッド・リアリティ(AR)」、「拡張現実」と呼ばれ、新しい研究分野になっています。
 バーチャル・リアリティ(VR)は設計図しかない段階の建物について、CGの技術を駆使して、あたかも実現したような状態で外観を見たり、内部に入り込んだりできるような技術です。
 拡張現実は現実の景色にコンピュータから映像を追加する技術で、実例は自動者の修理などで実験的に使われており、特殊な眼鏡をかけてボンネットを開けると、現実のエンジンと重なるようにドライバーの絵が表示され、その指示によってネジを回します。
 そうすると、次にエンジンを持上げるような指示が現れ、それに従ってエンジンを外します。
 同じようなことを繰返していくと、コンピュータの指示によって、不慣れな人手もエンジンの修理が可能になる訳です。

 今回の開会式は実用の役割ではありませんが、現実のオリンピックスタジアム(フィッシュト)という空間に、プロジェクション・マッピングによって画像情報を追加することによって、同じ場所が帆船になったり、宴会場になったりするという点では巨大な「拡張現実」になっており、これから広告や行事で本格的に利用されていくと思います。
 何はともあれ、百聞は一見にしかずですから、ユーチューブなどで、今日、御紹介した事例を御覧になることをお薦めします。
 このような技術が急速に進んでいくと、2020年の東京オリンピックは競技だけではなく、開会式も大変な挑戦になると思います。





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