TOPページへ論文ページへ
論文

 先週3日間、九州にある甑島列島に行ってきました。
 来年、日本で57番目の国定公園に制定される予定なので、調査に出掛けたというわけです。
 住民が生活している主要な3つの島、上甑島、中甑島、下甑島以外にいくつかの無人島がある列島で、面積の合計は118平方キロメートルと日本で23番目の大きさですが、以外に知られていないと思います。
 場所は鹿児島県薩摩川内市の沖合30kmほどにあり、平成の大合併で薩摩川内市に合併されました。
 最盛期の1950年には約2万5000人が生活していましたが、現在では5分の1の5600人ほどの島民が生活しています。

 国定公園に制定されるほどですから、自然環境は素晴らしく、とりわけ東シナ海に面した西側の海岸は30kmほどにわたって高さ200m近い断崖絶壁が続き、海の中にも奇岩がいくつも点在しています。
 僕の経験の範囲では、知床半島のオホーツク海に面した断崖、島根県の隠岐諸島の西ノ島の日本海に面した断崖、岩手県の三陸海岸の太平洋に面した断崖に匹敵する勇壮な景色でした。
 また、縄文時代の遺跡もあるほど古くから人が住んでいた島なので、民俗芸能もいくつもあり、とりわけ年越しのときにしか踊られない、秋田県のナマハゲに似た仮面をつけた人が踊る「トシドン」はユネスコの無形文化財にも指定されています。
 また周りはすべて海の島ですから、キビナゴ、海洋深層水で育っている薩摩産の甘エビであるタカエビ、島で養殖されている本マグロなど、魚好きには満足できる食材の宝庫ですし、3つの島それぞれで焼酎が作られており、食事は満点です。

 しかし、この島の知られざる話題は『週間ヤングサンデー』と『ビッグコミックオリジナル』に連載され、フジテレビで20回以上の番組にもなった漫画「Dr.コトー診療所」の主人公の医師五島健介のモデルとなった医師が居られる島ということです。
 漫画の最初では、これは「古志木島」という架空の島の物語ですと説明されていますが、実際は「下甑島」で、医師は島の下甑手打診療所で36年間も医師をしてこられた今年72歳の瀬戸上(せとうえ)健二郎さんがモデルです。

 漫画の原作者の山田貴敏さんは何度も瀬戸上さんにインタビューに来られたそうなので、かなりは実話を背景にした内容になっています。
 例えば、Dr.コトーが最初に島に赴任するときは漁船で本土から6時間かけて船酔いでフラフラになって島に到着するという設定になっています。
 僕が行ったときは高速船で1時間15分でしたので、ドラマチックにするための設定かと思いましたが、36年前の1978年には実際に6時間かかったそうです。
 漫画の主人公五島健介は東京の天津堂大学付属病院の外科医で医療ミスのために島に赴任してきたということが後の方で紹介されますが、モデルになった瀬戸上さんは医療ミスで島に来られた訳ではありませんが、実際に鹿児島大学付属病院の外科部長をしておられた方です。
 また、漫画の最初の方で、医者が嫌いな年配の女性がDr.コトーに腹部大動脈瘤の手術を受ける場面が出てきますが、これは男性を女性に置き換えているものの、20年以上前に瀬戸上医師が実際に島の診療所で行った手術を下敷きにした話です。

 瀬戸上さんが甑島に赴任されたのは、36年前、鹿児島大学付属病院を辞めて開業しようとして準備をしていたとき、無医村であった当時の下甑村の民生課長が医者探しの責任者として、必死に県内を探しまわっておられ、たまたま瀬戸上さんに出会い、半年だけでも島に来てもらえないかと懇願され、引受けたのが切っ掛けでした。
 半年だけでもと頼むのも切実な思いですが、当時は来てくれた医者が長くても6年、短い場合は4ヶ月で帰ってしまっていたので、それほど異常な依頼でもなかったのです。
 これにはエピソードがあり、瀬戸上さんが島に行くかどうか迷って、占いで方位を調べたところ、「西が吉方」という卦が出て、調べてみたら下甑島は当時の自宅から真西にあり、しかも依頼に来られた民生課長が西さんだったという出来すぎた話もあります。

 また当時は学生運動が盛んな頃で、その運動は医学部を卒業し国家試験を受けるためには、1年間のインターン勤務が義務づけられており、それに対する反対が発端でした。
 ノンポリであった瀬戸上さんも、それに賛同して活動された薩摩隼人を偲ばせる情熱家であり、その情熱が離島の無医村の医師を引受けられた要因だと思います。
 そして半年のつもりが島の人々との付き合いの中で36年にもなったというわけです。

 かつては本土へ運搬する船の上で亡くなる患者が何人もいる時代でしたが、現在では甑島列島全体で常勤の医師が6名、歯科医師が2名になり、ドクターヘリも迎えにくる時代になっています。
 それでも夜間や悪天候のときは自衛隊のヘリコプターを依頼しなければならないときもあるという状態です。
 安倍内閣になって、有人の島が国境の防衛に重要な役割を果たしているということを明確にする方向に向いてきましたが、この甑島でも過去60年間で人口が5分の1にもなり、今後数十年もすれば無人島になるという島の人も居られました。
 その要因が医療と教育の不備と言われています。
 離島だけではありませんが、半径4km以内に50人以上の住民が生活している地域で医療機関がない場所を「無医地区」といいますが、全国に800カ所も存在しているのが日本の現状です。
 島の定住人口が増え、観光客が増えるためにも、個人の医師の献身的努力に頼るだけではない医療政策が考えられるべきだと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.