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論文

 今日はトランプ大統領が購入したいと言い出したグリーンランド問題についてご紹介したいと思います。
 8月19日にトランプ大統領がデンマークで自治政府が管理するグリーンランドを買収する構想があるということを明らかにし、突然、グリーンランドが注目されるようになりました。
 そこでグリーンランドとはどのような島で、なぜ5万6000人しか住んでいない氷で覆われた島にアメリカが関心を持つかということを考えてみたいと思います。

 最初は素朴な疑問からですが、まず日本の6倍近い面積のあるグリーンランドが、なぜ島なのかということです。
 島については「海洋法に関する国際連合条約」で、「周囲を水に囲まれ、自然に形成され、もっとも潮位が高い時でも水没しない陸地」と決められていますが、大陸か島かについては法的な定義はなく、慣用的にオーストラリア大陸より面積が小さい陸地を島としており、グリーンランドはオーストラリア大陸の面積の4分の1で、世界最大の島ということになっています。
 日本の本州も島ですが、意外にも世界で7番目に面積の大きい島です。

 第二に、グリーンランドには厚さ3000メートルにもなる氷が覆っている場所もあると言われる氷の島ですが、そのような場所の名前がなぜグリーンランドかという疑問です。
 これには2説あり、一つは紀元1000年頃の中世の温暖期には実際に緑が豊かであったという説、もう一つはアイスランドから移住したヴァイキングが人々を移住させるために緑が豊かだと宣伝したという説があります。

 第三は、デンマークという本国の面積が北海道の半分程度、人口は北海道と同じ程度の570万人でしかない小国が、なぜ本国の50倍も面積のある島を領有しているかという疑問です。
 デンマークはゲルマン民族の一派であるデーン人の国という意味ですが、8世紀から11世紀のヴァイキングの時代に、デーン人はフランク王国やブリテン島を襲うほど強力な民族でした。
 16世紀になり、その力を発揮してグリーンランドもデンマークが支配するようになり、第一次世界大戦終了直前の1917年から全島を支配し、1953年から植民地ではなく自治政府が管理する領土となり、言葉もデンマーク語からイヌイット語に変更し、独自の旗も制定しています。
 かつてデンマークはヨーロッパでは有数の強国であったということです。

 今回、トランプ大統領が購入を提案した理由はグリーンランドにレアアースや石油など鉱物資源が豊富にあることはともかく、より重要な理由はグリーンランドが世界戦略の中で、重要な位置を占めるようになってきたからと考えられます。
 その兆候はすでに第二次世界大戦直後からあり、1946年にトルーマン大統領が1億ドル相当の金塊で購入しようとしたことがあります。現在価格で1400億円です。
 第二次世界大戦後のアメリカとソビエトの冷戦は世界に異常な緊張をもたらしていました。
 その象徴が北極点を挟んでアメリカとソビエトが核弾頭を撃ち合うという危機意識でした。1964年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の名作『博士の異常な愛情または私はいかにして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』は、そのような背景から製作された映画です。
 そのため北極点に一番近い陸地に多数のレーダーサイトを設置し、絶えずソビエトの動静を監視することが重要でしたが、その場所の一つとしてグリーンランドが有力候補だったのです。
 アメリカはグリーンランドの購入には失敗しましたが、1953年から島の北西の北緯76度の地点にチューレ空軍基地を設営し、レーダーサイトを運営しています。

 今回もこの延長だと考えると分かりやすいのですが、今回の脅威はロシアではなく中国です。
 地球温暖化により北極海の氷床の面積が小さくなり、航海に利用できる可能性が高まり、また豊富な地下資源の採掘も現実味を帯びてきました。
 しかし北緯66度33分より北の北極圏の利用は、その範囲内に領土を有しているアメリカ、ロシア、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーなど8カ国が参加する北極評議会(アークティック・カウンシル)が決めることになっています。
 それ以外にフランス、ドイツ、イギリス、オランダ、日本、中国など12カ国がオブザーバーとして参加していますが、中国は「陸のシルクロード」「海のシルクロード」に次いで、2018年に「氷のシルクロード」構想を発表し、その制約を打破する布石を打ち始めました。
 中国は北極協議会には加盟できないのですが、北極海から遠く離れた場所に存在するにもかかわらず「北極近傍国家」という勝手な概念を創りだし、あたかも開発の権利があるように演出し、次々と北極圏内の国家に投資を始めています。
 例えば、グリーンランドの手前にあるアイスランドでは、2011年に中国の不動産投資家が300平方キロメートルの土地を取得しリゾート開発をしようとし、結局は却下されましたが、なぜかその頃からアイスランドへの中国人観光客が増加し、昨年は7万人にもなっています。

 そして次に狙い始めたのがグリーンランドなのです。
 すでに中国はグリーンランドの鉱山開発に積極関与し、レアアースを開発する「グリーンランド・ミネラルズ」の筆頭株主は中国企業で3億ドル近くを投資しています。これはグリーンランドのGDPの1割以上に相当します。
 グリーンランドの移動手段は飛行機ですが、空港の滑走路が短く、40席程度のプロペラ機しか飛行できません。
 そこで総工費600億円で3箇所の空港にジェット機が発着できる滑走路を整備する計画が作成されました。
 グリーンランド自治政府の首相が資金援助を依頼するために北京を訪問したため、慌てた当時のアメリカのマティス国防長官が反対し、デンマーク政府が急遽、低利融資をするということになりました。
 かつては氷の覆われたあまり価値のない広大な島でしたが、時代の変化により注目を集める島になってきたのです。
 トルーマン大統領の時にはソビエトが相手でしたが、今回のトランプ大統領の時には中国との関係でグリーンランドの戦略性が浮上してきたことになります。





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