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論文

 群馬県富岡市にある「富岡製糸場」が今年6月にユネスコの世界文化遺産に登録されました。
 これは明治5(1872)年に官営模範工場として操業を開始したのですが、当時の国家目標の一つである「殖産興業」政策を推進するために、西欧の近代産業を日本に導入するべく政府が模範工場を建設して民間に手本を示すという意図で実現したものです。
 他に東京都江東区の「深川セメント製造所」、札幌の「開拓使麦酒醸造所」、長崎の「長崎造船所」、福岡の「三池炭鉱」など10カ所以上が官営工場として建設され、やがて民間に払い下げられて、財閥の基礎を作っていきます。
 そのような中に生糸の製糸場が含まれているのは、明治の開国以来、最も重要な輸出品が生糸だったからです。
 例えば、明治33(1900)年の輸出品の金額を調べてみると、生糸は輸出品目の1位で31%、絹織物が4位で13%、合計すると輸出品の44%が絹だったのです。
 それ以後も1910年には生糸が40%、絹織物が6%で合計46%、1920年には28%と25%で合計53%、30年には39%と25%で64%、40年には26%と23%で合計46%というように、戦前の日本の外貨の獲得は「カイコ」様々だったのです。

 その重要さを象徴するのが「八高線」と「横浜線」です。
 八高線は八王子と高崎を結ぶ鉄道、横浜線は八王子と東神奈川を結ぶ鉄道ですが、両者を繋ぐと、高崎から横浜まで鉄道路線が通じていることになります。
 これは1922年の「改正鉄道敷設法」に「八王子より飯能を経て高崎に至る鉄道」として建設が予定され、1931年から着工されますが、人口の少ない秩父の山奥を通る鉄道が早い時期から建設されたのは、富岡などで生産された生糸を輸出のために横浜港に直送するためでした。

 この絹は5000年前という古い時代に中国で製法が発明され、独占していたのですが、それがシルクロードを通して中東からヨーロッパに輸出され、3000年前の古代エジプトの遺跡にも中国製の絹の断片が発見されているほどです。
 日本にもすでに弥生時代に中国から製法が伝わり、7世紀の律令制でも絹は納税の材料となっていましたが、中国産には遠く及ばない品質の製品でした。
 そこで江戸時代になって各藩が努力し、江戸時代中期には世界水準の品質になり、明治以後の日本の財政を支えたという訳です。
 ところが、戦後になると輸出の主役は工業製品になり、2011年の統計では生糸は輸出金額の0・007%、絹織物は0・4%という時代になって、日本にとって養蚕が産業となる時代は終わりました。

 しかし、日本は新しい繊維産業を創出しようとしています。
 生糸は「カイコ」という動物が作り出す素材ですし、綿も麻も植物を素材にしています。すべて生物に依存しているというわけです。
 そこで、以前にも御紹介した「バイオミミクリ」、生物を真似することにより新しい素材を作る研究が盛んになっています。
 まず「モルフォテックス」という繊維が帝人ファイバーにより開発されています。北米大陸南部から南米大陸にかけて「モルフォチョウ」という蝶が80種類くらい棲息しています。
 水色やオレンジ色に輝く羽根を持っているのですが、羽根自体に色がついているのではなく、太陽光線が当たると、鱗粉が一部の波長だけを反射するので、特定の色に見える仕組です。
 そこで化学繊維にそのような仕組を組込むと、染色しなくても特定の色に光輝いて見えるので、衣服の素材としてだけではなく、自動車の座席の表面などにも使われていますし、その素材を細かい粉末にした材料は、化粧品や塗料に混ぜて使用されています。

 次に「鮫肌布地」です。
 サメの表面は「鮫肌」という言葉もあるように、ざらざらしていますが、拡大すると三角形のウロコが並んだ状態になっており、これが水との抵抗を少なくしているためにサメが高速で泳げる原因とされています。
 そこで布の表面をサメの皮膚のようにし撥水加工した素材をミズノと東レが4年以上かけて開発し、水着に加工したところ、泳ぐときの抵抗が7・5%減少するようになったと発表されています。
 ただし、国際水泳連盟の規則により、正式の競技では使用できないようですが、素人が泳ぐのには適しているかも分かりません。

 しかし本命は「蜘蛛の糸」です。
 芥川竜之介に『蜘蛛の糸』という短編小説があります。釈迦が地獄を覗くとカンダダという悪党がいることを発見します。悪いことばかりをしてきたのですが、一度だけ蜘蛛を踏みつけそうになったときに、踏まずに命を助けたという善行がありました。
 それを想い出した釈迦がカンダダに蜘蛛の糸を垂らして助けようとしますが、多くの人間が後から次々と糸を登ってくるので、「この糸は俺のものだから登ってくるな!」と叫んだところ、糸が切れてしまったという内容です。
 人間を引っ張り上げる程度の張力があることは昔から知られていたというわけです。
 クモが吐出す糸は蛋白質でできていますが、同じ直径の鉄の針金より5倍の重さに耐えられますし、1300℃の熱にも耐えるという素晴らしい性質を持っています。
 直径1cmのクモの糸で網を作ればジャンボジェット機を搦め捕ることも可能という計算になりますから、スパイダーマンの映画は大袈裟ではないのです。
 世界各国の研究者が人工的に生産する技術を開発していましたが、慶応義塾大学の大学院の学生であった関山和秀さんが遺伝子組換え技術を使って生産することに成功し、スパイバーという会社を設立し、昨年11月に山形県鶴岡市に工場を建設して量産を開始しました。
 これはカイコのように生物に作らせる技術とは原理が違いますが、絹糸以来の画期的な発明で、21世紀の生糸として日本の輸出の主力になるかも知れません。





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