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論文

 今週はアルゴリズミック・デザインという建築分野の新しい設計潮流を紹介したいと思います。
 最近、日本の建築家が急速に世界で活躍しています。
 その象徴が建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を過去5年で日本人が3回受賞していることです。
 2010年には妹島和世(せじまかずよ)と西沢立衛(にしざわりゅうえ)、2013年には伊東豊雄、今年は坂茂(ばんしげる)という具合です。
 これらの建築家は、例えば妹島和世と西沢立衛の過去10年の主要作品を調べてみると、ニューヨークの「現代芸術美術館」、フランスのランスに建設された「ルーブル美術館別館」をはじめ17作品のうち11作品、65%が外国に実現していますし、伊東豊雄も31作品中14作品、45%が外国に建設されているというほどです。

 その背景には、日本が高度経済成長の時代を通り過ぎ、あまり大規模な公共建築が建設されない時代になったため、建築家が中国や中東などの成長が著しい地域に仕事を求めているという背景もありますが、日本の建築家の設計が評価されて外国から仕事を依頼されるという背景もあります。
 そのような中で注目されているのが、アルゴリズミック・デザインという新しい設計思想の分野で日本人が成果を挙げていることではないかと思います。
 アルゴリズミックの元となる言葉はアルゴリズムですが、これは微分積分の発明と並ぶほどの科学の歴史上の重要な発明といわれる概念で、問題を解決するための手順ということです。
 例えば、2本足のツルと4本足のカメが合計して8匹いて、足の数の合計は26本であるとしたら、ツルが何匹、カメが何匹かを計算する「ツルカメ算」という方法がありますが、これがアルゴリズムです。
 この手順で計算すれば、だれでも同じ答えに到達するという訳ですが、コンピュータを使わなければ結果が得られないような複雑な計算でも、その計算するアルゴリズムを考え、それをプログラムにすれば、人間の計算能力ではできないことをコンピュータに実行させることが出来ます。
 その一例が円周率の計算で、計算のアルゴリズムをコンピュータに入力すれば、コンピュータはひたすら計算し、最近では小数点以下12兆桁まで計算しています。

 それでは建築のデザインでアルゴリズムを利用するのはどのようなことかというと、分かりやすい例が2008年の北京オリンピックの開会式や閉会式と陸上競技が行われた北京国家体育場です。
 これはスイスの建築家が設計した建物で、通称「鳥の巣」と呼ばれたように、鳥が木の枝を乱雑に積み重ねた巣のような形をしており、一見、規則がなさそうですが、実はいくつかの規則の組合せによって実現したものです。
 そのような規則を作ること、すなわちアルゴリズムを作成できれば、複雑な形の建物でも工業製品を組合せて実現できることになります。
 実際に北京国家体育場を上空から見ると、すべて直線の部材を組合せただけで複雑な形が出来ていることがわかります。

 日本でも見物することのできるアルゴリズミック・デザインの実例を御紹介したいと思います。
 都営地下鉄大江戸線の飯田橋駅のエスカレータの上部を緑色のパイプを組合せた網のような彫刻が覆っており、一部が照明施設になっています。
 これは渡辺誠というデザイナーが設計したものですが、パイプ相互の関係を作るアルゴリズムを決めておき、それによって出来る形で実現したものです。
 別の例では、池田靖史という建築家が設計した慶応義塾大学の湘南藤沢キャンパスにある納品研修センターの建物です。
 これはガラス張りの直方体の建物ですが。その内側に五角形、六角形、七角形を組合せて、全体が石垣のように見える壁面が作られています。
 一見すると不規則な模様のようですが、数種類の部材を組立てただけで出来ているのです。

 このアルゴリズミック・デザインの傑作が台湾の台中に伊東豊雄の設計した「台中メトロポリタン・オペラハウス」です。
 これは複雑な曲面をもつ巨大な構造物が空間を作っている傑作ですが、それは建築家が自由に設計した形ではなく、ある規則、アルゴリズムによって創り出された形です。
 今から半世紀前の1962年にニューヨークのケネディ空港にエーロ・サーリネンが設計したTWAのターミナルビルが建設されました。
 これは貝殻を組合せたような幻想的な建物ですが、当時は建築家が彫刻を作るように実物の10分の1の模型を作り、それを実測して10倍に拡大して実物を作るという時代でした。
 しかし、現在はアルゴリズムを考えればコンピュータが形を創り出し、それを建築家が評価しながら設計する時代が始まり出したのです。

 このような時代に日本の建築家が活躍している背景は明治時代まで遡ります。
 日本で建築の教育が始まったとき、欧米では建築学は美術学部に置かれていましたが、日本では工部大学校、現在の工学部に設けられました。
 そのため日本の建築家は数学や物理の勉強もして、構造計算や設備設計も初歩は理解できますが、欧米ではデザイン中心の建築家が主流です。
 僕の若い頃、丹下健三先生と構造計算の大家である坪井善勝(よしかつ)先生が議論しておられる様子を傍聴したことがありますが、デザイナーである丹下先生が「それは構造的には弱いのではないか」など構造的な意見を言われるのに対し、坪井先生が「そのような構造にすると形が美しくない」と言われ、立場が逆のような意見を交わしておられました。
 丹下先生の博士論文は統計学を駆使した内容ですし、伊東豊雄の恩師である吉武泰水(やすみ)先生は建築計画が専門ですが、博士論文は高度な待ち行列理論を駆使した内容です。
 美術系建築家の西欧と工学系建築家の日本の差が、現在の日本の建築家の活躍を支えているのではないかということです。





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