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論文

 1980年6月にTOTOが発売開始した「温水洗浄便座(商品名ウォッシュレット)」は現在では何社かが発売していますが、内閣府の「主要耐久消費材の普及率」によると、今年3月末で国内の世帯普及率が76%に到達しています。
 これは日本の独創的な発明で、2012年には日本機械学会が選定する「機械遺産」に認定されていますし、発明協会の「戦後日本のイノベーション100選」ではインスタントラーメン、新幹線、ウォークマン、青色発光ダイオードなどと並んでベスト10に選ばれています。
 このように日本では家庭の4分の3にまで普及していますが、外国では評価はまだまだで、日本へ来た外国人のなかでもお尻に水が当たって気持悪いという人も多いようです。

 ところが昨年、TOTOが海外向けに発売したウォッシュレットが世界3大デザイン賞の一つである「レッドドット・デザイン賞」を受賞しました。
 これはドイツの機関が1954年から選定している由緒ある賞で、昨年は世界54カ国の1865社から4662の商品が応募していますから、その中から選ばれたということでは素晴らしいことです。
 そして選定理由が、いわゆる外観のデザインが優れているだけではなく、汚れがつきにくい表面処理、紫外線照射による殺菌、水道水に含まれる塩素を電気分解して除菌水の製造、その除菌水を使用直後とそれ以後8時間ごとに便座やノズルに噴霧して清掃するなどの清潔への配慮が評価されたものです。
 このような動向を見ると「ウォッシュレット」も世界で認知されはじめたということではないかと思います。

 さらに今年3月には、航空サービスを調査しているイギリスのスカイトラックス社が毎年行っている「入国手続の適切な空港」「安全な空港」など各種ランキングのなかの「清潔な空港」において、1位が羽田国際空港、4位が成田国際空港、7位が関西国際空港、8位が中部国際空港とベスト10に4空港が入っていますが、その清潔の評価に貢献しているのが便所の清潔さで、2009年の数字ですが、関西国際空港が1位、成田国際空港が2位になっています。

 このような背景から、温水洗浄便座を世界に普及させる時機到来とTOTOやLIXILが東南アジアにショールームなどを用意して努力をはじめましたが、清潔を武器に世界に進出しようとしているのは温水洗浄便座だけではありません。

 日本国内に39の施設をもつスーパー銭湯「極楽湯」が、昨年2月に40番目の施設として、9つの浴槽や岩盤浴の設備を持つ「碧雲温泉館」を中国の上海に建設しました。
 ここでは水質管理や清掃を日本の基準で行ったところ「浴槽の底が見えるほどお湯がきれい」「嫌な臭いがしない」などと評価され、上海第一の人気施設になっていますし、それが評判を呼んで、中国各地約100カ所から引き合いが来ているそうです。
 また「ギャラクシーシダックス」がベトナムで日本式社員食堂を開いたところ、栄養の面とともに衛生の面で人気になっているそうです。

 このように見てくると、日本の清潔を重視する文化が次第に世界で注目されはじめていることが分かりますが、この日本の清潔文化の由来を調べてみたいと思います。
 日本には「水に流す」という言葉があります。「過去の経緯をなかったことにする」という意味だけではなく、実際に汚水やゴミだけではなく、糞尿も以前は川に流していたのです。
 便所のことを「厠(かわや)」と言いますが、これは「川屋」を意味しており、川の上部に便所を設け、まさに糞尿を水に流していたことに由来する名前です。
 実際、高野山の玉川では、数十年前まで川屋が残っていたそうです。
 なぜ、それらを川に流しても清潔であった理由は、明治時代に日本の河川改修の指導のために呼ばれたオランダ人の御雇外国人ヨハニス・デ・レーケが富山県の常願寺川を見て「川ではなく滝だ」と言ったという逸話が説明しています。
 デ・レーケが眺めていたヨーロッパの川は、ライン川の場合、河口から1000km上流でも標高500m、セーヌ川は700km上流で標高400mくらいの緩やかさですが、日本の信濃川は300km上流で標高500m、常願寺川になると56kmの長さしかないのに標高差は3000mにもなります。

 つまり、日本の川は短くて急流であるうえ、多雨地帯であるため流量が多く、汚物を流しても短時間で海に流れ込んでしまうわけです。   
 したがって、東京の隅田川の下流のように標高差のない川では、江戸時代にネズミの死骸以外は紙1枚たりとも捨てるのを禁止していました。
 ちなみにネズミの死骸が許されていたのは、トビがエサとしてしまうからだと言われています。

 さらに高温多湿の気候が影響しています。
 砂漠のような乾燥地帯や北極圏の極寒の地であれば、地上や雪上に大便をしても乾燥していずれ粉になるか、凍結してしまいますから問題ないのですが、高温多湿の環境では不衛生な状態になるので、流してしまうことが必要でした。

 もう一つは「禊(みそぎ)」の精神です。
 これは神道の習慣で、身体についた穢れ(けがれ)を水に入って払うという意味ですが、そのような精神的意味だけではなく、高温多湿のために汗をかくので、それを洗い流すという効果もありました。
 日本では出会ったときに握手や抱擁をせずにお辞儀で挨拶するのが本来の伝統ですが、汗をかいているために握手や抱擁が習慣にならなかったと推察されています。
 またお詫びするときには「済みません」と言いますが、これは水が澄んでいた川を汚して「澄んでいない」水にしてしまったときの言葉が「澄みません」というお詫びの意味になったとされています。

 何れにしても、便器や風呂などの家庭製品、入浴や食事などの生活習慣が世界で評価されるのはデザインや便利さだけではなく、清潔という日本の風土が育てた文化の重要な特徴が評価されるということです。
 この清潔さを世界に広めていくことも日本の役割だと思います。





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