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論文

 明日11月7日は和歌山県が1994年に「紀州・山の日」に制定した記念日です。
 「山の日」は和歌山県だけではなく、「群馬県」「山梨県」「岐阜県」「香川県」「愛媛県」など13の都道府県が制定していますし、市町村も数多く制定しています。
 さらに今年4月に衆議院、5月に参議院で「国民の祝日に関する法律」の改正案が成立し、2年後の2016年から国民の祝日として、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ための「山の日」が実現することになります。
 これら山の日は8月か11月が多いのですが、それは登山に適しているという理由ではなく、数字の「8」を漢字(八)にすると末広がりの山の形になるし、「11」は樹木が林立している感じがするというわけです。
 そのため、山梨県と岐阜県の山の日は8月8日、香川県、愛媛県、高知県は11月11日としており、2年後からの国民の祝日の「山の日」は8月11日です。
 ただしこれには裏話があり、当初はお盆休みに繋がる連休になるように8月12日でしたが、この日は日本航空123便が御巣鷹山に墜落した日に当たるため、小渕優子衆議院議員などが反対し、1日早められたということです。

 しかし、明日の和歌山県の「紀州・山の日」には単なる形合わせではない紀州ならではの根拠があります。
 紀州各地の山村では伝統的に旧暦の11月7日に山の神に感謝する祭が行われていたということですが、もうひとつ和歌山県が山の日を誇るべき理由があります。
 明治から昭和にかけて和歌山県の田辺に生活した博物学者・南方熊楠が日本の山を守ったという故事があるからです。
 南方熊楠は逸話に事欠かない生涯を送った奇才で、若くしてアメリカ経由でイギリスに渡り、大英博物館に勤務し、18の言葉を話すことができ、明治26(1893)年の27歳のときに日本人として初めて科学雑誌『ネイチャー』に「東洋の星座」という論文を発表しています。
 STAP細胞で話題になった小保方晴子さんの論文が『ネイチャー』に掲載されたことが信憑性を高めたように、『ネイチャー』に論文が掲載されることは大変な業績ですが、120年前に日本人として達成してだけではなく、以後、50編の論文を『ネイチャー』に発表し、個人としては現在でも世界記録です。
 和歌山に戻ってからは実に多方面の研究をしますが、もっとも熱心に研究していたのが粘菌という動物と植物の両方の性質を持つ生物でした。
 昭和天皇もご関心のある分野でしたので、昭和4(1929)年に天皇が和歌山に巡行されたときに、熊楠が粘菌を採集していた白浜の沖にある無人島・神島(かしま)で天皇にご進講することになります。
 フロックコートを着用して緊張してご進講したのですが、自分の収集した多数の粘菌をキャラメルの箱に詰めてお渡ししたとか、ご進講が終わってホッとしたため、天皇の肩をポンと叩いて「ねえ、あんた」と呼掛けたなど逸話がありますが、天皇も大変に気に入られて、昭和37年に南紀を訪れられたとき
 「雨にけふる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思う」
と詠まれています。

 この熊楠が18日間留置所に入れられ、新聞に投稿した記事が風俗紊乱であるという理由で罰金刑に処せられても国家の政策に反対したことがあります。
 明治39(1906)年に明治政府が「神社合祀令」を発令し、全国に20万社近く存在した神社を1町村に1社に整理するという政策を推進し、短期間で7万社が取り壊されます。
 これによって消滅した神社の土地を払い下げ、樹木を伐採して農地にするという政策でした。
 これにより地域の自然環境が荒廃すると猛反対した結果、熊楠は逮捕されたり罰金を支払わされたりしたのですが、それでも柳田国男や国会議員に働きかけて反対し、ついに大正9(1920)年に貴族院で神社合祀無効の決議がなされます。
 そのような意味で和歌山の産んだ南方熊楠が日本の山の自然を守った自然環境保護の元祖のような存在であり、「紀州・山の日」は1994年に制定されたのは遅過ぎる感はありますが、深い意味があります。

 神社を守ることが山の自然を守ることと関係があるのは、多くの神社は適当な場所に立地しているのではなく、意味のある場所に設けられているからです。
 神社を境にして、その背後は神々の住まう「奥山」、それより前面は里人が利用する「里山」とし、山頂の奥宮に参拝する特別の時期を除いては、里人が奥山へ立入ることを禁止していたのです。
 神職でさえ奥山への立入りを禁止していた神社もあり、その結果、日本の山地の自然が原生に近い状態で守られてきました。

 日本は国土のうち森林面積の比率が非常に大きい国です。
 先進諸国でもっとも大きい比率の国はフィンランドで74%ですが、日本の9割の面積に550万人しか生活しておらず、人口密度は平方キロあたり16人ですから当然です。
 2番は日本で68%ですが、人口密度は平方キロあたり340人で、フィンランドの20倍以上ですから、ある意味で異常な数字ですが、それを維持してきた背景にあるのが山を「奥山」と「里山」に分け、奥山を原生の自然のまま維持してきた文化です。

 そのような文化のないイギリスでは人口密度は日本の75%程度ですが、森林面積比率は12%でしかありません。
 これは生物多様性にも影響しており、日本には188種類の哺乳類が生息し、22%に相当する41種類が日本固有ですが、同じ島国のイギリスでは50種類で固有種はゼロです。
 植物についても、日本には5565種類が生育し固有種が36%の2003種類ですが、イギリスは1623種類で固有種は1%の16種類です。
 各地の「山の日」や2年後に始まる日本全体の「山の日」には登山で山を楽しむことも結構ですが、日本の自然を維持してきた文化を実感する日となることが期待されます。





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