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論文

 3年程前にも御紹介したことがありますが、最近、改めて「バイオミミクリー」もしくは「バイオミメティクス」という研究分野が注目されています。
 いずれも生物の能力を真似して人間に役立つ製品を開発しようということで、例えば、千葉県市川市にある「千葉県立現代産業科学館」では今月末の30日まで「生物のデザインに学ぶ」という展示がおこなわれています。
 人間を「万物の霊長」という自惚れた言葉で表現することがありますが、せいぜい数百万年前に地球に登場した人間よりは、4億2000万年前に海中から上陸した陸上植物、4億年前に登場した昆虫、1億5000万年前に出現した鳥類のほうが、地球環境にははるかに適合し、人間より優れた能力を持っているから、それを真似しようという謙虚な気持から出てきた研究です。

 真似する内容によって大きく3分野に分かれます。
 第一は生物の形を真似する分野で、古典的な例では、レオナルド・ダヴンチやオットー・リリエンタールが鳥の飛ぶ姿を参考にして飛行機を構想したり、最近では蚊の血を吸う針を真似して痛くない注射針を開発したりする例があります。
 第二は生物の優れた機能を真似するという分野で、ハスの葉の上に水滴が落ちても濡れない「ロータス効果」という機能を真似して雨をはじいてしまう傘の生地を発明し、蛾の目玉に光が当たっても反射しない機能を研究して、光が当たっても反射しない無反射フィルムが開発されています。
 第三は生物社会全体の仕組を現代社会の参考にしようという分野です。生物の社会では動物の出す糞尿などが別の動物や植物の栄養になるように、人間の社会のように大量の廃棄物が発生しません。その仕組を人間社会に導入して環境への負荷を減らそうという研究です。

 この第三の分野では、現在のところ目覚ましい成果はあがっていませんが、注目されているのが植物のおこなっている「光合成」を人工的に実現しようという研究です。
 光合成は、かつては炭酸同化作用と呼ばれていた時代もあるように、植物が空気中の二酸化炭素を取り込み、水と光を使って澱粉や糖類を合成するとともに、水を分解するときに発生する酸素を外部に放出する仕組です。
 普通には、人間をはじめとする動物が排出する二酸化炭素を酸素に戻してくれる仕組と理解されています。
 このような現象は18世紀後半から知られており、イギリスの科学者ジョセフ・プリーストリーが、2本のガラスビンの中でロウソクを燃やして「汚れた空気」を作り、一方にはネズミだけ、もう一方にはネズミとハッカの木を入れたところ、前者のネズミは数秒で気絶してしまいましたが、後者は生き続けたため、植物には呼吸で汚れた空気を浄化する作用があることを発見しました。
 これに影響を受けたオランダの医師ヤン・インゲンハウスはビンの中に入れた水草を日の当たる場所と暗闇とに置いておくと、前者では気体が発生するが後者では気体が発生しないことに気付き、植物が空気を浄化する作用には光が必要だということを発見します。
 それらの研究の結果、19世紀初頭には、二酸化炭素と水と光が一緒になると、植物は成長するとともに酸素を出すという炭酸同化作用が明らかになります。

 このような化学作用を植物によってではなく、人工的におこなおうという研究が人工光合成です。
 その一歩を踏み出したのが東京大学の本多健一教授と藤嶋昭教授で、1972年に、水中に二酸化チタン電極と白金電極を置いて紫外線を当てると酸化チタン電極から酸素が発生し、白金電極から水素が発生し、その電極間に電流が発生する「本多・藤嶋効果」を発見します。
 そこで1974年から通商産業省(当時)が「サンシャイン計画」の研究の一部として、これを新しいエネルギー源にしようという研究が始まりますが、当時は地球環境問題も深刻な状態ではなく、本格化しませんでした。
 しかし、人類が排出する二酸化炭素が重要な原因になっている地球温暖化が深刻になってきたことと、2010年に根岸英一博士が関連する分野でノーベル化学賞を受賞されたことを契機に、根岸博士をリーダーとして、120人以上の研究者が協力する体制ができ、研究が開始されました。

 2011年には豊田中央研究所が水と二酸化炭素と太陽光だけを使った人工光合成に世界で最初に成功しました。太陽エネルギーを燃料エネルギーに変換する効率は0・06%でしたが、翌年にはパナソニックが窒化物半導体を使用した技術で0・3%のシステムを開発し、さらに先週の20日には東芝が変換効率1・5%の新しい材料を開発したと発表しています。
 植物の藻類の変換効率が1・5%ですから、それに匹敵する水準にまで到達しましたが、実際に利用するためには10%程度が必要で、東芝は2020年には実用にすることを目指すと発表しています。

 なぜ人工光合成が重要かという理由は地球温暖化の原因とされる大気中の二酸化炭素を人工的に減らす技術として期待されるということです。
 化石燃料をほとんど使用しなかった産業革命以前には、人間が出す二酸化炭素は海中に溶けることと植物が光合成で酸素に戻すことで、自然の循環の中で処理されていました。
 ところが産業革命以後、石炭と石油という地下に封印されていた炭素化合物を使用するようになり、過去250年間で毎年250倍も二酸化炭素を排出するようになった結果、現在、人間が1年間に空中に放出する二酸化炭素を10とすると、3は海洋が吸収し、1は森林が吸収しますが、6は処理されないままに空中に溜まっていく事態になっています。
 そのため250年前には280ppmであった大気中の二酸化炭素濃度が現在では390ppmを越えるまでになり、この勢いで増加していけば、2100年には気温が4・5度近く上昇すると心配されています。
 そのためにはエネルギー消費を減らすことが重要ですが、世界全体の人口も増加し、生活水準も向上していくと困難で、地中深くに二酸化炭素を封じ込めるような技術さえ検討されています。
 したがって、エネルギー効率10%程度の人工光合成が実現すれば、大変な貢献が出来ることになります。
 幸いなことに、この分野は日本が最先端を行っていますので、大いに期待されるということです。





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