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論文

 今日は「イグノーベル賞」についてご紹介したいと思います。
 毎年、秋になると科学界だけではなく、世間でもノーベル賞の受賞者が誰かということが話題になりますが、最近は、その前座としてイグノーベル賞が話題になっています。
 本家のノーベル賞はダイナマイトを発明して巨額の富を得たスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺言によって1901年に創設された賞ですが、イグノーベル賞は本家から90年遅れて1991年に創設された賞です。
 頭についている「イグ」は「イグノーブル」の頭を取ったものですが、「不名誉な」とか「不誠実な」という意味ですから、賞の目的がおぼろげながら分かると思います。
 ノーベル賞は「人類のために多大な貢献をした人々に分配される」とノーベルの遺言に書かれていますが、イグノーベル賞は「人々を苦笑させるとともに科学の役割を再考させる業績を世界に周知させる」ことを目的としています。
 今年は日本の歯科医の渡部(わたなべ)茂さんが受賞者の1人になりましたが、5歳の子供30人の物を食べた後の唾液を4年間にわたって集め、5歳の子供が1日に出す唾液の量は500ミリリットリということを明らかにしたという業績が認められたものです。

 この賞はアメリカの科学雑誌の編集者が『風変わりな研究の年報』を発行するのに合わせて、そのような研究を広く世間に知らせるために創設されたのですが、本家のノーベル賞とは色々な違いがあります。
 まずノーベル賞は高額の賞金が与えられるのですが、イグノーベル賞は賞金はなしで、賞状もプリンターで印刷した簡単なものです。
 表彰式はアメリカの東海岸にあるハーバード大学で行われますが、出席するための旅費も滞在費も受賞者が自腹で行かなければなりません。

 どのような研究内容が受賞しているかをご紹介すると、その意図が分かると思います。
 最近では、日本は本家のノーベル賞も受賞者が増え、これまで物理学賞、化学賞、生理学・医学賞の科学分野だけで23人が受賞していますが、イグノーベル賞も25の業績が受賞していますので、それを中心に内容を紹介していきたいと思います。
 まず学術論文らしい内容から始めます。
 2010年に公立はこだて未来大学の中垣俊之教授ら7名が受賞されたのは首都圏の地図の主要な都市に人口規模に応じたエサを置き、真性粘菌といわれる単細胞の生物を東京の位置にばらまいておくと、エサを求めて動き出すのですが、1日程度で、粘菌の辿った道筋が現在の首都圏の鉄道網とほぼ同じになったという研究です。人間の知恵と変わらないのではないかというわけです。
 2003年に金沢大学の広瀬幸雄(ゆきお)教授が受賞された研究は、銅像の多くはハトのフンにより頭や顔が白く汚れているのですが、金沢の兼六園にある日本武尊(やまとたける)の銅像は何故か130年以上経った現在でもハトが寄り付かず綺麗なので、その原因を調べたところ、青銅にヒ素が混ざっているためだということを発見し、ハトやカラスが寄り付かない素材を開発され受賞されました。
 ハトに関連しては慶應義塾大学の渡辺茂教授をはじめ3名が1995年に受賞された研究も生物の能力を発見したもので、ハトにピカソの絵とモネの絵を見せて区別させることに成功したという内容です。

 この辺りまでは科学研究と言っても何とか通用しますが、次第に判定が難しい研究もあります。
 2012年に上皇の心臓のバイパス手術をした順天堂大学の天野篤(あつし)教授を含む5名が2013年に受賞した研究は、心臓移植をしたマウスにオペラの「椿姫」の音楽を聴かせたところ、モーツアルトの音楽を聴かせたよりも長生きしたという内容でした。人間にも当てはまるといいと思います。

 しかし海外には、さらに奇想天外な研究があります。
 ストックホルム大学の教授たちの「ニワトリはどちらかというと美人を好む」という論文(2003)、ヨーロッパのいくつかの大学の教授が共同で「ニシンはおならでコミュニケーションをしている」という論文(2004)、アメリカの大学の教授たちが「集合写真を撮影する場合、目をつぶっている人がいない写真のためには何枚の写真を撮影すればいいか」を計算した論文(2006)、アルゼンチンの大学の先生たちの「バイアグラを投与されたハムスターは時差ボケが通常より早く治る」ことを示した論文(2007)など、本当かと思うような論文に賞が与えられています。

 しかし、この賞の目的を示すような諧謔にあふれた表彰もあります。
 1997年には「たまごっち」が受賞していますが、その理由は「数百万人分の労働時間を機械のペットの飼育に費やさせたこと」ですし、イヌの言葉を翻訳する装置「バウリンガル」は「ヒトとイヌに平和と調和をもたらした業績」で表彰されています。
 さらに国際的には諧謔を交えながら批判を表明するための選定もあります。
 1991年の第1回にはブッシュ大統領の副大統領であったダン・クエール氏が教育賞を受賞しています。
 理由は文法的に間違った意味のわからない発言を頻繁にした結果、科学教育の必要性を社会に訴えたという辛子の効いた理由でした。
 同じ年には、水爆の開発に貢献し、レーガン大統領の時代にはスターウォーズ計画を提案したエドワード・テラーが平和賞を受賞しています。
 理由は一般の人々が理解している平和とは違う意味の平和の概念を生涯に亘って社会に広めたという皮肉たっぷりの理由です。
 最近も批判精神は旺盛で、2016年にはドイツのフォルクスワーゲン社が化学賞を受賞しました。
 理由は自動車の排気ガスの成分の検査の時だけ自動的に排気ガスの排出量を減らすことによって問題を解決したということですが、簡単に言えばインチキをしてアメリカ合衆国の排出規制を合格していたことを皮肉ったものです。

 科学は一般の人々の常識を超えた内容があります。有名な例はイギリスの数学の大学教授であったジョージ・ブールが、19世紀中頃に、当時は哲学者の仕事であった論理学を数学で計算する理論を考えました。
 当時、そのような理論が何の役に立つのかわかりませんでしたが、100年後にはコンピュータの回路設計には必須の学問になりました。
 あと何年かすると、心臓移植をした患者は「椿姫」を聴いて回復したり、美人コンテストの審査員はニワトリになっているかもしれません。





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